
九州の紅葉の名所“九年庵”を訪れる際はこちらも。江戸幕府の奥医師も務めた“近代西洋医学の父”伊東玄朴の旧宅。佐賀県指定史跡(文化財)。
伊東玄朴旧宅について
「伊東玄朴旧宅」(いとうげんぼくきゅうたく)は佐賀県神埼市にある佐賀県指定史跡(文化財)の古民家。江戸幕府で将軍の奥医師をつとめ、現在の東京大学医学部の前身となる『お玉ヶ池種痘所』『西洋医学所』の設立や運営の中心人物だった江戸時代後期を代表する医学者・伊東玄朴が地元に建てた旧宅で、九州を代表する紅葉の名所『九年庵』へと至る参道に建ち、邸内からお庭や紅葉が眺められます。
佐賀県のみならず九州の代表的な紅葉の名所として知られる国指定文化財庭園『九年庵』。そこへ至る参道にはもう一つ、お庭のある文化財があります!それが“近代西洋医学の父”とも称される伊東玄朴の旧宅。
冒頭に書いた通り、江戸幕府の奥医師へと上り詰め、日本の近代西洋医学の発展・普及に多大な貢献を果たした幕末の蘭学者/医師・伊東玄朴。『九年庵』の中でも説明した『仁比山神社』の「執行」の役職を担った家の出身で、10代の頃から地元や佐賀城下で医学を学ぶと、23歳の時には長崎・鳴滝塾でシーボルトに西洋医学を学びます。
その後、佐賀藩主・鍋島直正の侍医となると、藩主に牛痘種痘苗(今で言うワクチン)の入手、接種を進言。それをきっかけに当時子供だった後の藩主・鍋島直大の天然痘を治療。そこから江戸の佐賀藩邸に活躍の場を移すと、大槻俊斎、箕作阮甫ら他の蘭学者や医師とともに『お玉ヶ池種痘所』を設立。ほぼ同時期には江戸幕府13代将軍・徳川家定の奥医師に抜擢、これは実は蘭学医としては初という快挙でした。
晩年は明治維新後の東京で過ごした玄朴。神埼のこの旧宅は氏が20歳の時、1821年(文政4年)の時に建てられたもので、シーボルトに学ぶためにこの地を離れるまでの4年間をこの邸宅で過ごしました。一見、農家のような茅葺屋根の古民家ですが、実はここは医院として開かれた家でもある。
立派な石垣の上に建つこの旧宅。敷地自体は267坪(約882平方メートル)の広さがあり、主屋の周囲にはお庭が広がります。2017年に訪れた際と2025年の再訪時で比べると、2017年時にあった植栽や苔がなくなり、砂利だけの空間が増加していた…のですが、視界が広がった分、参道の紅葉や周囲の山々の借景がダイレクトに楽しめる様になっていた!
邸内では伊東玄朴の実績や江戸時代の医学書なども見ることができますが、お座敷から眺めるその周囲の景観も◎。『九年庵』を訪れた際はこちらにも立ち寄ってみて。
(2017年11月、2025年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
佐賀駅・福岡方面から高速バス「高速神埼」バス停下車 徒歩15分
JR長崎本線 神埼駅より路線バス「仁比山神社」バス停下車 徒歩2分(公開期間はバス増発)
〒842-0123 佐賀県神埼市神埼町的1675 MAP
投稿者プロフィール

- Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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