重伝建地区“金ケ崎町城内諏訪小路”の町並みで異彩を放つ生垣——かつての武家屋敷に江戸時代から残る庭園。
細目家庭園について
「細目家庭園」(ほそめけていえん)は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている“金ケ崎町城内諏訪小路”の町並みに残る庭園。
※現在も個人宅の庭園なので、見学には事前に観光協会への問合せを。生垣は自由見学。
2019年のGWに岩手・水沢の城下町の庭園と重伝建・金ケ崎へ!…全然紹介できていなかったのでこれから少しずつ紹介しますが…武家屋敷が多く残るエリアでそれをルーツとした庭園を多く鑑賞しました。その中で最も印象的だったのがこちら。この刈込の生垣、かわいくないですか?
JR金ヶ崎駅から徒歩15~20分ほどの場所にある金ケ崎町城内諏訪小路。奥州街道が南北に貫く金ケ崎町は仙台藩主・伊達家の家臣、大町氏が古代からあったという城館「金ケ崎城」に御仮屋を設け、江戸時代を通じて支配していた街。
江戸初期にこの地に入った大町定頼によって整備されたその一帯は「金ケ崎要害」と呼んだそうで、伊達家は領内に21つこのような要害を設けていたそう。島津家の“麓”みたいなものか。
仙台藩の中では最北の要害で、南部藩との境に位置したのが金ケ崎。明治維新後も金ケ崎要害は再開発されることなく当時の街路がほぼ当時のまま残っているそうで、茅葺屋根をした屋敷とサワラヒバの生垣、“エグネ”と呼ぶ屋敷林などこの地域の特徴的な武家屋敷とされます。
この細目家もかつては仙台藩直属の家臣だったそう。武家屋敷が多く残る中、細目家は往時のお屋敷を残しているわけではないのですが――観光マップやGoogleマップにここだけ「●●氏庭園」と載せられていたのが気になって。
その最大の特徴はなんと言ってもこの生垣。瓦と漆喰の土塀のような姿を刈込で表現している!オシャレ!これは管理するのも大変そう。
そして家屋にあるドウダンツツジ・サツキによる刈込もまるでモニュメントのよう。パンフレットや重伝建の公式HPに記載があるわけではないけれど、お話によるとお庭そのものは江戸時代から残るものだそう。
但しこのドウダンや生垣は現在入られている植木屋さんがこだわって作られたものだと。粋なお仕事。今回訪れた時にはドウダンが白い花を咲かせ始めていたけど、秋にはまた美しいんだろうなあ…。
ついでに近隣の『旧坂本家侍住宅』(最後の写真)についても少しだけ。坂本家は元々伊達家に仕えていた足軽で、江戸時代後期にこの地で大町氏の家臣に。現在残る武家屋敷は1830年に建てられた主屋を2009年に復原したもので、お庭も基本的には当時から残るものだそう(現代っぽい園路に変化はしていると思うけど)。
金ケ崎には他にも多くの武家屋敷とそのお庭が残る。別エントリで紹介します。
(2019年4月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)