東濱口家住宅(濱口氏庭園)Higashi-Hamaguchi Residence Garden, Hirokawa, Wakayama

これが庭屋一如。日本遺産“百世の安堵”にも構成される、商家・東濱口家の国指定重要文化財の邸宅と庭園。(非公開)

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東濱口家住宅(濱口家住宅)について

【通常非公開】
「東濱口家住宅」(ひがしはまぐちけじゅうたく)は日本遺産『百世の安堵~津波と復興の記憶が生きる広川の防災遺産~』の構成文化財となっている国指定重要文化財の屋敷。
通常非公開ですが、近年は11月に特別公開が実施されています(*2020年は未実施)。これぞ庭屋一如の名建築と庭園。ぜひ庭園ファン、近代和風建築ファンに届けたい。

2021年春に初めて和歌山県広川町を訪れました。
元々は重要伝統的建造物群保存地区の和歌山県湯浅町に行きたいと前から思っていて――。んで調べる段階で、湯浅町と隣接する(最寄りがJR湯浅駅で同じ)広川町に文化財の古民家が残っているなあ、ということに気づき。むしろ庭園という点に於いては広川町の方に気になる場所が…。

で、先に日本遺産の拠点『濱口梧陵記念館(稲むらの火の館)庭園』を紹介して、その中で広川町(広村)の大地主・濱口家のことを紹介しましたが、こちらは“西濱口家”濱口梧陵とともに国指定史跡・広村堤防の築造を支えた“東濱口家”濱口吉右衛門家の邸宅。今回特別に見学をさせていただきました。

古くは平家に仕えた武家・濱口四郎二郎忠宗を祖とする濱口家。その12代後の当主・濱口左衛門太郎安忠は室町幕府の管領・斯波氏の家臣として応仁の乱を目の当たりにしたことを機に武門を離れ高野山に出家。
その後、浄土真宗中興の祖・蓮如上人と出会ったことをきっかけに高野山を離れ、現在の広川町に浄土真宗の道場を開きました。その寺院は現在も『安楽寺』として広川町に残ります(こちらも日本遺産に構成)。やがて広村の名主に。

江戸時代に入り、当時の当主・濱口吉右衛門忠豊が下総国(銚子)や江戸に進出。隣町の湯浅の醤油醸造に着目し、次男・知直(西濱口家)が銚子で現在の“ヤマサ醤油”を創業、その販路拡大のために濱口吉右衛門正勝(東濱口家)は江戸・日本橋に醤油問屋「廣屋」を構えました。

その後の東濱口家は醤油問屋として発展し、地元・広村の経済発展に貢献、近代の当主・九代目濱口吉右衛門は実業家として後に九州電力となる九州水力電気の社長、豊国銀行の頭取、政治家として衆議院議員・貴族院議員もつとめました。

江戸時代には勝海舟や儒学者・亀田鵬斎が、明治時代には犬養毅が東濱口家を訪れ、その言葉(扁額)を残すなど各著名人とも結びついていました。(このうち、亀田鵬斎の名前が出るのは岩手県・宮古の『盛合氏庭園』以来。この時代には既に文人は日本各地を回っていたんだなあ)

…と前置きが長くなったけど、そんな東濱口家の地元・広村のお屋敷が東濱口家住宅。現在は東濱口家が経営する東濱植林株式会社が所有。
文化財としての名称は『濱口家住宅』で、江戸時代中期~明治時代後期までに建立された主屋、本座敷、大工部屋、左官部屋、北米蔵、南米蔵、文庫、新蔵、御風楼の9棟が国指定重要文化財となっています。附での文化財である煉瓦造りの塀も目を引く。

最も古い建物は江戸時代中期の宝永年間(1707年頃)に建てられた主屋。その年の宝永の大地震による津波でも広村は大きな被害に遭い、それに伴って現在地に新築されたのが現在の主屋。

その100年後、文化年間(1815年~1820年頃)に“本座敷”を拡張。座敷内部の写真は紹介できないのですが、豪商としての格式の高さが感じられる広間の意匠が特徴的で、勝海舟直筆の“韻俗無然超”の書が掲げられていました。その一方で、床の間の柱には1854年の安政の大津波の痕跡も残る。

そしてなんと言っても目を引くのが1908年(明治41年)築の“御風楼”。亀田鵬斎の残した“御風”の扁額から名前が取られた楼閣で、一階部分の台所は一部が煉瓦造りになっている和洋折衷の木造三階建の近代建築。渡り廊下の亀甲型の窓などの意匠も目を引く。
二階部分には庭にせり出す縣造りの望楼(書房)と対面所があり、3階の客間?座敷は折上げ格天井+270度を見渡すパノラマという贅を尽くした作り。

そんな御風楼から見下ろす池泉回遊式庭園は、御風楼の二階と同じ高さまで盛られた築山と紀州青石と赤石による豪快な石組からスタート。
渡り廊下の望楼に掲げられていた“東圓畧圖”(略図)という絵図では、庭園に“御風楼”をはじめとして“聴秋峠”“日渉橋”“玉琮渓”などの景が定められていて、自然石の石組の間を流れる小川を辿り、“本座敷”前のまた趣が異なる(文人好みの)庭園へと至る回遊式庭園。赤石の中には佐渡の赤玉石もあるらしく、紀州にも流通していたんだなぁと。

建築が文化財になっている一方で庭園は非文化財なのだけど、東濱口家住宅(特に御風楼)は間違いなく庭園とセットで構想された、近代の“庭屋一如”が味わえる場所。崖のような築山が二階に通じている庭園ってそう例にないのですが、他で思い浮かぶのは長野の国指定重要文化財『田中本家』ぐらいか。

これだけの“庭と一体化している近代建築”は維持も簡単ではない。修繕したい箇所もあるけど、見積をとると予算と二桁は違う…というのがリアルな話で。これだけ独特な庭園・建築を後世に残すのは簡単ではないけど――ぜひ、まず庭園ファン・文化財建築ファンに届けたい。今後秋に特別公開が行われる暁にはぜひ足を運んでみて。

なお庭園の一部は『東濱口公園』として公開されており、そこには国重文の文庫と“東圓畧圖”の中に描かれた蓮池、峡適亭などがあります。別途紹介。

(2021年5月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR紀勢本線 湯浅駅より徒歩15分(*駅にレンタサイクルあり)

〒643-0071 和歌山県有田郡広川町広1292-1 MAP

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