
金閣寺と双璧をなす京都を代表する世界遺産/観光名所。“庭の国宝”の庭園に名を残すのは三人の"阿弥"…相阿弥、善阿弥、そして昭和の庭師・田中泰阿弥。
新緑の慈照寺(銀閣寺)庭園について
「銀閣寺」(ぎんかくじ)の通称で知られる「慈照寺」(じしょうじ)は京都市左京区にある世界遺産『古都京都の文化財』に構成される京都を代表する寺院。室町時代、室町幕府8代目将軍・足利義政に造営された別荘『東山殿』(東山山荘)が前身で、“銀閣”こと「観音殿」や「東求堂」が国宝に指定、建築のみならず庭園も“庭の国宝”こと国の特別名勝に指定されています。足利義政の下で作庭に携わったのは室町時代の芸術家・相阿弥や庭師・善阿弥ら。また昭和の庭師・田中泰阿弥は足利義政の茶席跡や“洗月泉”“相君泉”という古庭園の遺構を発掘したことで、銀閣寺の出入庭師となりました。
室町幕府3代将軍・足利義満により造営された、現『金閣寺』(鹿苑寺)と並ぶ、京都を代表する寺院・銀閣寺…その歴史について。室町幕府や京都を二分した“応仁の乱”の終戦(1477年)から5年後の1482年(文明14年)から足利義政の隠居所として造営がはじまった山荘『東山殿』(東山山荘)。有名なのは「銀閣」こと「観音殿」(1490年竣工)ですが、先に完成したのは同じく国宝指定をされている「東求堂」(1486年竣工)。義政は観音殿の完成前に亡くなり、その菩提を弔うために東山殿は山荘から寺院「東山慈照寺」へと改められました。以来、現在も臨済宗相国寺派の禅寺の一つ。
長い歴史の中には荒廃した時代も。室町時代末期の1550年(天文19年)、室町幕府13代目将軍・足利義輝と三好長慶による「中尾城の戦い」が銀閣寺の周辺で行われ、その戦乱で「銀閣」と「東求堂」以外の建造物を残し焼失(東山殿としては他にも常御所/会所/泉殿(弄清亭)/西指庵/超然亭などの建築があったとか)。ちなみに中尾城跡は銀閣寺のすぐ北にあります。
またその後も織田信長は慈照寺の庭園から名石・九山八海石を引き抜き、新たに築城した『二条城』へ運んでしまったことも。
そんな苦しい時代を経て、江戸時代初期の1615年から宮城豊盛が普請奉行を務めた再建事業により復興。最初にくぐる総門や受付後の中門・庫裡、「東求堂」に並ぶ本堂などは江戸時代初期〜後期にかけての再建。
以降、順路に沿って説明を。
■銀閣寺垣〜観音殿(銀閣)/2〜7枚目
「銀閣寺垣」と呼ばれる背の高い生け垣を通り、受付を済ませるとさっそく国宝の「銀閣」こと「観音殿」が現れます。「金閣」は一度焼失しているため、この観音殿が唯一現存する室町時代の楼閣建築。金閣や西本願寺『飛雲閣』とで“京の三閣”(京の三名閣)とも称されます。
■向月台・銀沙灘/8〜9枚目
プリンのような円錐台を白砂で形作った「向月台」と、直線的できれいな砂紋を描いた盛り砂「銀沙灘」も現代では人気のフォトスポット。古くは室町時代からの歴史ある庭園の中で、これらは古資料から江戸時代初期に形作られたものと推定されています。
■東求堂(国宝)/11〜17枚目
足利義政の持仏堂として、前述通り「銀閣」に先駆けて竣工した室町時代の建築。その内部は普段は非公開ですが、季節の特別拝観では“最古の書院建築”と言われる『同仁斎』も鑑賞することができます。
東求堂の前に室町時代に作庭されたと伝わる池泉回遊式庭園が広がりますが、庭園については後述。
■お茶の井庭園〜高台からの眺め/24〜28枚目
順路に沿って高台へ登ると、かつて足利義政も利用した茶席の跡“漱蘚亭跡”と、義政公がお茶の水を汲むために作られた“お茶の井”跡に辿り着きます。
斜面に沿うように組まれている「お茶の井庭園」の石組は1931年(昭和6年)に発掘されたもので、苔寺こと『西芳寺』の龍淵水石組を模倣し作庭されたと言われます。
この「お茶の井庭園」や下段にある滝石組“洗月泉”“相君泉”は昭和年代に多くの古庭園/文化財庭園の修復を手掛けた作庭家・田中泰阿弥により発掘・修復されたもの。これらの複数の庭園遺構を手掛けたことで銀閣寺の出入庭師となりました。
■観音殿(銀閣)/18〜22枚目
そして下段に戻ってもう一度銀閣を見る。
庭園は東求堂と銀閣の前に広がる錦鏡池(きんきょうち)を中心とする池泉回遊式庭園。「お茶の井庭園」と同じく、苔寺こと『西芳寺庭園』をモデルに足利義政の指示の下で作庭されたと伝わっていて、天気などによって“銀閣”が池にリフレクションする姿が見られます。
作庭者として名前の挙がる善阿弥は“河原者”と呼ばれた被差別身分の出身ながら足利義政に見出され、京都では『花の御所』『高倉御所』などの庭園を、他に現存するものでは奈良の国指定文化財庭園『旧大乗院庭園』などを手掛けています。
また同じく関わったと言われる相阿弥も国指定文化財としては京都の『青蓮院庭園』や滋賀の『圓満院庭園』がありますが、京都・東山の『長楽寺庭園』が《銀閣寺(東山殿)造営の命を受けた際に、試作として作庭した庭園》と言われます。
以上順路に沿った庭園の説明でした。普段は非常に多くの拝観者がいますが、夕方の拝観終了間際や京都の観光客が一時的に減る冬場や夏場は比較的人も少なくじっくり見ることも。コロナ禍はこの世界遺産寺院からも人が居なくなる…そんな時代もありました(もう100年間は起こらないのでしょう)。建築の存在も含めて、歴史も格も庭園そのものも全てひっくるめて最高級の日本庭園の一つ!
(主に2020年4月、2026年5月訪問時の写真。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
投稿者プロフィール

- Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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