月心寺 走井庭園・橋本関雪別邸「走井居」

Gesshinji Temple Garden, Otsu, Shiga

近代日本画の巨匠・橋本関雪が京都と大津の境界に残した別邸“走井居”。明治天皇や小野小町、松尾芭蕉の旧跡も残る庭園は室町時代の美術家・相阿弥の作庭。

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橋本関雪別邸「走井居」・月心寺庭園について

【通常非公開/団体見学や特別公開日あり】
「瑞米山 月心寺」(げっしんじ)は「東海道」の滋賀県大津市と京都市山科区の境界に位置する寺院。近代〜昭和時代を代表する日本画家のひとり・橋本関雪を開基とする橋本関雪夫妻の菩提寺で、大正時代に造営された橋本関雪の別邸『走井居』(はしりいきょ)が隣接。その庭園『走井庭園』は室町時代に京都を中心に幾つもの歴史的庭園を残す美術家・相阿弥の作庭と伝わります。

旧東海道の京都と大津の間に素敵な寺院庭園がある…と知ったのは数年前、それが京都・哲学の道沿いに国指定文化財庭園『白沙村荘庭園』を残した画家・橋本関雪の別荘であると知り、より行きたい欲が高まった『月心寺』。
通常非公開ですが、ごく稀に特別公開や(公式サイトから各種公式SNS=X、インスタ、Facebookをフォローしてチェック!)、ツアーでの団体見学の機会があります。2023年初夏と2025年秋の写真を追加して改めて紹介。

京都市中心部と大津市を結ぶ京阪京津線の大谷駅から徒歩6分と程近くに位置する月心寺。大谷駅周辺は現代では家屋などが多いエリアではありませんが、古くは飛鳥時代から関所「逢坂関」が置かれた交通の要衝。平安時代には清少納言蝉丸の和歌にも詠まれ、「東海道」が本格的に整備された江戸時代には多くの旅人が往来し、多く店が立ち並び栄えました。現在も駅近くにはうなぎ料理店が軒を連ねます。

そんな江戸時代には、歌川広重の浮世絵『東海道五十三次』にも描かれた『走井茶屋』をルーツとするのが『月心寺』および『走井居』。なお更に歴史をさかのぼると「走井」という湧水の語源は奈良時代〜平安時代にさかのぼり、この地の走井は清少納言によって『枕草子』にも記されました。(なお写真4枚目の井戸が「走井」なのではなく、庭園内の斜面中腹部分にある井戸が本来の「走井」)

明治時代には明治天皇の行幸の際の御休憩所にも選ばれ、その為の御小休所も建設されますが、東海道本線が開通すると人々の移動手段は鉄道に流れ、徐々にこのエリアは衰退(現代も幹線道路である事は変わりなく車の行き来は非常に多いものの、歩いている人は限られます)。
やがて名物店だった走井茶屋も閉店――その後、京都に『白沙村荘』を建設中だった橋本関雪に購入の打診があり、一度は断念したものの、この平安時代からの史跡&明治天皇ゆかりの地を残す為、1916年(大正5年)に別荘地として購入。またその決断の背景には「旧跡が失われることを惜しんだ」だけでなく“関雪”の名が逢坂関での故事に由来することもあったとか。

そして橋本関雪別邸『走井居』が誕生。大正時代に建立され、現在まで残る主座敷には『走井居』の額も掲げられています。前述通り、現代には幹線道路を通る多くの車の音も漏れ聴こえる立地なのですが――そこから塀を隔てた先にある、「幽玄」という言葉が似合う異世界が広がる!

庭園について。「走井庭園」と名付けられたこの庭園は走井居や走井茶屋よりも更に古く、室町時代の京都の美術家・相阿弥によって作庭されたと伝わります。背後の音羽山の斜面を活かした細かな石組に湧水「走井」を滝に見立て、そしてそんな湧水によって透き通った池泉が美しい池泉鑑賞式庭園――いや、この急斜面にはだいぶ高い位置まで登ることができる園路もあるので、回遊式庭園と言った方が良いのかな。

斜面の中腹に、空中にせり出すように建てられている茅葺屋根の茶室「百歳堂」も走井庭園にとってとても重要な存在(建築そのものも、アイキャッチとしても)。こちらも走井居よりも歴史が古く、この地が100歳となった小野小町の終焉の地…という伝承によって江戸時代に建てられたもので、かつて逢坂関にあった『関寺』にあった小野小町の百歳像を引き継ぎ安置されています。

庭園を更に登っていくと平安時代の薬師如来像が祀られた薬師堂、そしてこの地ゆかりの歌人・俳人、小野小町、蝉丸、松尾芭蕉が祀られているお堂『三聖祀堂』、そして先の茶室の傍には松尾芭蕉の句碑も。

寺院『月心寺』が開かれたのは橋本関雪の没後。走井居の玄関とは別に、東海道をやや西に進んだ所に山門と本堂があります(※こちらも通常非公開)。なお月心寺の山門前に築かれた立派な石垣、こちらは『大津城』『坂本城』と並んで「琵琶湖の浮城」として数えられた『膳所城』の石垣が移築されたものだそう。そして、この月心寺がまさに大津市と京都市の境界線!
古代からの街道沿いの隠れた名庭園――滋賀という枠で語るよりは『隠れた京都の庭園』として伝え残り続けて欲しい場所!

(2019年11月、2023年5・6月、2025年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

京阪京津線 大谷駅より徒歩6分

〒520-0062 滋賀県大津市大谷町27-9 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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