
公家・山科家の邸宅をルーツとする京都・岡崎界隈の旅館。建築家・渡辺明による現代数寄屋建築と七代目小川治兵衛の庭園。
源鳳院(山科伯爵邸)について
【通常非公開・展示等での公開あり/旅館として予約可】
「源鳳院」(げんほういん)は京都・岡崎の路地裏、平安神宮の応天門から徒歩5分ほどの場所にある文化施設・旅館で、そのルーツは平安時代の藤原氏までさかのぼる公家・山科家が大正時代に建てられた“山科伯爵邸”。
七代目小川治兵衛(植治)が手掛けたという庭園が残ります。
何度か通り掛かって気になっていた、路地裏にたたずむこの建物。個人の邸宅にしては門が開かれているし、でも何の表札もない。その門前からも庭園へと続く飛び石が見える…。けどいかにも格式が高く、「ここは何の施設ですか?」なんて気軽に聞けない…。
で。ある時自転車で通りかかったら『雛人形展 ―公家雅に魅せられて―』で一般公開をしておられ。2020年・2021年と続けて雛人形展に訪れさせていただきました。2021年の写真を少し追加。(2020年は7月の企画展示にも足を運びました。このように時折企画展により公開されます。)
山科家は平安時代末期、後白河法皇に仕えた藤原教成とその養父・藤原実教からはじまります。それ以降の由緒ある家系はWikipediaを見ていただくとして(個人的に好きなエピソードは、織田信長の父・織田信秀に蹴鞠を教えたのが山科家という話)、山科家の公家の家職は『装束の着装』だったそう。
その着装の仕方は“衣紋道山科流”として現代にも伝わり、今回展示とともに見させていただいた写真の中には天皇陛下、皇后陛下が“山科流”の装束を着装されている姿も収められていた。
この邸宅は元は山科家が華族・公爵だった時代に1920年(大正9年)に建てられたものだそうで、2020年でちょうど100年。それを機にこれまでの宿泊施設としてのみならず、こうした文化施設としての展示を計画されているのだとか。
現在の建物は建築家・渡辺明さんが手掛けられたものとのこと。渡辺明さん…名前見たことはあるけど名前を認識した上で建物を見るのは初めてです。2002年に日本建築学会賞を受賞。ちなみに前年に受賞してるのが谷口吉生さん、藤森照信さん。これは好きな流れ。
「源鳳院」という名前に改称したのは2010年代になってからのようで、それまでは『洛陽荘』という宿泊施設だったようです。その名前で調べると、『婦人画報』さんが“七代目小川治兵衛が手がけた庭”と書かれている――
2003年に渡辺明さんにより建築が改修された際に庭園も結構変わっているんじゃないかなあとは思うけれど、主屋(広間)の近くの飛び石の不安定な感じとかは“植治の時代のもの”な気がするし、枯池の石組とかもそうかな、という気がする。枯池の上部に面白い灯籠があるのです。
どこまでが植治かはさておき――はい!これまためちゃくちゃ良い建物&お庭!エントランスの店庭からの開放的な中庭の眺めとその現代数寄屋建築の空間。たまらん。
離れの“心月庵”(建築時は満月庵という名だったみたい)の広い軒先とかもう最高。なお2003年の満月庵周辺の庭の姿からも現在は変わっているのですが、現在の苔と白砂の組合せもすごく良いです。この建物とお庭の感じ、心月庵は死ぬまでに一度泊まってみたい…。
初春は梅が見頃だったけれど、モミジとドウダンツツジが色づく晩春や秋はさぞきれいなんだろうなあ。(あと枝垂れ桜も!)
ここでは建物とお庭の感想ばかりですが、春の展示では江戸時代の雛人形や、それにまつわる絵巻、そして三十六歌仙絵や車絵図の写本など貴重な美術品を鑑賞させていただきました。今後のイベントも足を運びたい!
(2020年3月・7月、2021年3月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)