願泉寺庭園Gansen-ji Temple Garden, Osaka

伊達政宗ゆかりの寺院。政宗も眺めたかもしれない?室町時代の作庭家・相阿弥による庭園。大阪府指定名勝。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

願泉寺庭園について

「願泉寺」(がんせんじ)は飛鳥時代の603年(推古天皇11年)、小野妹子の八男・多嘉麿義持により創建されたと伝わる古刹。境内に残る枯山水庭園は京都の世界遺産『慈照寺(銀閣寺)庭園』の作庭者にも名を連ねる室町時代の作庭家・相阿弥による作庭と伝わります。大阪府指定名勝。
2021年6月に約3年ぶりに拝観したのでその時の写真を追加。なお庭園は自由拝観ですが、扉が閉まっていることもあるかもしれないので念のため事前に電話確認すると確実かも。

大阪市内では『四天王寺』に次ぐ古さとも言われるお寺さん。当初は現在地から数百メートル異なる場所にあったそうですが、室町時代半ばに応仁の乱により焼失(大坂にまで影響が及んでたのね…!)。1507年(永正4年)に現在地に再建。ということは、相阿弥が携わったのはおそらくこの時なんだろう。

その後戦国時代に浄土真宗の寺院に改宗。本願寺から“願”の字をもらい桃山時代に現在の寺名に。
当時政治の中心だった大坂。諸国大名もこの町に集まる中で、仙台藩主・伊達政宗は願泉寺住職の定龍に茶礼を学びました。大坂城落城後、伊達政宗は仙台に帰る際に願泉寺に茶室と客殿を寄贈。昭和初めには国宝にも指定されていたものの――1945年(昭和20年)に空襲により焼失。現在の本堂や、茶室「相應庵」はその後に再建されたものです。

その中でも被害は最小限で、現代まで残されているのが大阪府名勝の庭園。大阪府の文化財情報には、作庭:相阿弥(=室町時代の人)とある一方で、作庭年代が正徳年間(=)ともあり…当初は相阿弥が造ったけどその後何度か改修を経ている、という感じなのかなとも思う。政宗が茶室・客殿を寄贈した時や戦後の復興時含め。

そして相阿弥が京都や滋賀で残している庭園は池泉庭園が多いので、現在の枯池も当初は池泉式だったのかもしれない。周囲にビルや住宅が立ち並ぶ都会に位置する庭園なので都市開発の中で水源が枯れたとかもあるのかも…。

それでも池泉庭園で無いことがマイナスになるような庭園ではなく、石組による築山の立派さに目を惹かれる。大阪の繁華街・なんばからもそう離れていない場所にこんな庭園が残っていたなんて!今後も近く行った時に立ち寄りたい、都会のオアシス的庭園。

また茶室「相應庵」では定常的に茶道教室が開催されているそう。詳しくは下記の公式サイトよりご確認ください。

(2018年9月、2021年6月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

地下鉄大阪メトロ御堂筋線・四つ橋線 大国町駅より徒歩4分
JR大阪環状線・大和路線 今宮駅より徒歩5分

〒556-0014 大阪府大阪市浪速区大国2丁目2-27 MAP