旧下田邸書院及び庭園Fomer Shimoda Residence’s Shoin & Garden, Takasaki, Gunma

唯一の群馬県指定重要文化財庭園。日本100名城“箕輪城”の城下町に残る“忠臣蔵”の主要メンバー・堀部安兵衛/堀部武庸作庭の“青翠園”。

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旧下田邸書院及び庭園について

「旧下田邸書院及び庭園」(きゅうしもだていしょいんおよびていえん)は群馬県指定重要文化財の江戸時代の書院建築と庭園。『忠臣蔵』のメンバーとしても有名な堀部安兵衛(堀部武庸)により作庭された庭園は“青翠園”と称されます。

2021年10月に2年ぶり、コロナ以降では初めて北関東の地を訪れた足で初訪問。群馬県にある“国指定文化財”の庭園としては甘楽町の『楽山園』がありますが、“群馬県指定の文化財”として唯一の庭園がこちら。なのでその存在はだいぶ前から認識していたのだけれど――高崎駅からは10km以上離れていてアクセスしづらい&平日のみ開館…という条件で行く機会なく。

なのでこの秋の遠征の中では優先度高かった場所で――路線バスも1時間に1~2本程度の頻度であるので基本的にはそれがオススメなのですが、今回自分は他に寄りたい場所との兼ね合いでレンタサイクルして片道10km強の道をえんやこら…と訪れました。

高崎市の郊外の旧・箕郷町。かつては国指定史跡で日本100名城にも選ばれている『箕輪城』の城下町として栄え、戦国時代には武田信玄の家臣・真田幸隆織田信長の家臣・滝川一益北条氏政の弟・北条氏邦、そして徳川家康の家臣で大名となる井伊直政…と名だたる武将が城主をつとめました。

城跡からは1.5kmほど南へ下った街の中心部、高崎市箕郷支所と隣接した場所に残るのが「旧下田邸書院及び庭園」。この下田家の祖は、武田氏が入る前の箕輪城主・長野氏の家老、下田大膳正勝。下田正勝は長野業盛とともに武田信玄に敗れ討ち死にしますが、その子孫が箕輪に土着。

江戸時代には酒造業を営むなど地域の有力者となり、下田理太夫政広の代から明治維新を迎えるまで現・箕郷町白川に存在した安房勝山藩の白川陣屋(高崎市指定史跡)で代官を務めました。

そんな下田家が江戸時代に建築した邸宅の一部が“青翠園書院”と呼ばれたこの書院。当時の邸宅はもっと広大だったそうで、おそらく箕郷支所もその駐車場もかつては下田家の屋敷だった。建物の中に上がることはできないけれど、縁側から精巧な欄間など格式が高かったお屋敷の様子が伺えます。

そして庭園。玄関前庭から苔むした姿がとてもきれいで――奥へ進むと書院から眺められる池泉回遊式庭園があります。作庭を手掛けたとされるのは『忠臣蔵』にも登場し、吉良邸にも討ち入りをする剣豪・堀部安兵衛(堀部武庸)。だとすると氏の生きた1600年代後半~1700年前後に作庭された庭園。

堀部安兵衛は師匠の樋口十郎左衛門に伴い、年に1~2度この箕輪や下田邸に滞在することがあったそうで、その際にこの城郭式庭園を作庭。“青翠園”と名付けられ、文人墨客からも好まれたのだそう。1981年(昭和56年)に現・天皇陛下が訪れた際の石碑“青翠園記”も一角に残ります。

新潟の城下町・新発田藩出身の堀部安兵衛。当地の国指定名勝の庭園『清水園』内の郷土資料館には“堀部安兵衛伝承館”コーナーも。
地元では紅葉の名所としても人気の旧下田邸庭園。北関東で貴重な歴史的庭園、四季折々の季節に訪れてみて。

(2021年10月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR高崎線・北陸新幹線 高崎駅より路線バス「四ツ谷」バス停下車 徒歩3分
JR高崎駅より約10km、JR群馬八幡駅より約7km(それぞれレンタサイクルあり)

〒370-3192 群馬県高崎市箕郷町西明屋702-4 MAP