京都御所から移築された御殿から眺める国指定文化財庭園は、世界遺産庭園も手掛けた美術家・相阿弥作庭。ピカソもコレクションした“大津絵”の美術館も。
円満院庭園について
「圓満院」(えんまんいん)は滋賀/近江を代表する寺院の一つ『園城寺』(三井寺)に隣接する、平安時代創建の名刹。皇室にゆかりある“門跡寺院”で、国指定重要文化財の宸殿は『京都御所』より移築されたもの。同じく国指定文化財(国指定名勝)となっている庭園は世界遺産『慈照寺(銀閣寺)庭園』等の作者の一人として名の挙がる京都の美術家・相阿弥の作庭と伝わります。
その歴史について。平安時代の987年(寛和3年)に村上天皇の皇子・悟円法親王により京都・岡崎の地に創建され、以来皇室ゆかりの門跡寺院。かつては“三井三門跡”(天台宗寺門派三門跡)と呼ばれる格式をほこりました。もともとは隣接する天台宗寺門派の総本山『園城寺』の塔頭寺院の一つでしたが、現在(昭和時代~)は独立した寺院となっています。
創建当初の寺名は『平等院』。世界遺産の宇治『平等院鳳凰堂』の名は元はこの寺院の名で、藤原頼通の信頼厚かった時の住職・明尊が開山に選ばれた折に平等院の名を宇治に譲り、圓満院と改称されたとか。
江戸時代初期、1647年(正保4年)に現在地に移転。“菊の御紋”の掲げられた玄関が目印のお堂「宸殿」(しんでん)は移転の際に明正天皇に賜り『京都御所』から移築されたもので、元は江戸幕府2代将軍・徳川秀忠の娘で後水尾天皇の妃となった東福門院和子の為に建てられた女院御所の一部だったとか。
その豪華絢爛な襖絵は当初は狩野派一派により描かれたもので、現在展示されているのは高精細複製。また後水尾天皇も座ったという玉座を配した“玉座の間”も見ることができます。この宸殿、明治時代には大津県(滋賀県)の県庁舎としても利用されたのだそう。
そんな宸殿の前に広がる、“三井の名庭”と称される池泉鑑賞式庭園が国指定文化財の庭園。
室町時代にこの庭園の原型を作庭したと言われるのが相阿弥。世界遺産『銀閣寺』の庭園をはじめ京都とその周辺に多くの古庭園を残されている時代を代表する美術家の一人で、大津にはこの庭園のほかに『走井庭園』(通常非公開)が残ります。
その後、宸殿の移築タイミングに現在の姿へ改修。東西に長い池泉の中に鶴・亀を表す2つの島が配された築山泉水式庭園で、宸殿向かって左手の鶴島とそこに架かる大きな切石橋の姿は『京都御所』の“御内庭”の南側とも似た雰囲気が。
自然の山を利用した斜面のさまざまな植物が庭園を彩り、中でも向かって右手にあるヤマザクラは樹齢400年とも言われ、春には美しい姿を見せてくれます。そして秋には池を覆うモミジの紅葉も!一段高い場所にある本堂からの眺めは庭園に加えて宸殿の大きさも感じられます。また庭園の一角にはかつて参拝された大正天皇お手植えのマツもあります。
圓満院のもう一つの注目スポットが『大津絵美術館』。江戸時代、東海道の大津宿(~京都方面へと向かう峠の途中にある「大谷」「追分」)で当時販売されていたという、デフォルメされたキャッチーな日本画“大津絵”は“江戸時代のポップアート”とも言われ、かのパブロ・ピカソも好んでコレクションしたとか。そんな大津絵の唯一の美術館で当時の作品を鑑賞できます。大津絵の描かれた特別な御朱印も。
また圓満院には宿坊『三密殿』も。京都や大津のホテルが高騰している時は、宿泊予約サイトには出てこない「宿坊」は穴場かも。圓満院庭園、ぜひ一度訪れてみて。
(2014年8月、2017年1月、2020年6月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
JR東海道本線 大津駅より徒歩30分弱(※レンタサイクルあり)
JR湖西線 大津京駅より徒歩15分強
京阪石山坂本線 大津市役所前駅から徒歩8分
大津駅より路線バス「別所前」バス停下車 徒歩5分
〒520-0036 滋賀県大津市園城寺町33 MAP