
江戸時代に淡路国を治めた稲田氏の屋敷に造られた、巨石がふんだんに配置された独特の庭園。国指定名勝。
旧益習館庭園について
【土日祝のみ公開】
「旧益習館庭園」(きゅうえきしゅうかんていえん)は2018年秋に新たに国指定名勝となった庭園で、江戸時代前期に作庭された池泉回遊式庭園。
江戸時代に淡路島を治めたのは徳島藩。大坂夏の陣の後、徳島藩の筆頭家老だった稲田氏が洲本城主として入城。この庭園はその稲田氏の別荘に造られた庭園で、「益習館」という名は江戸時代中期にその場所に移転した稲田氏の学問所の名称だそう。
借景として、山城である洲本城跡の天守と三熊山を眺められますが――この庭園の特徴はなんと言ってもいくつも並ぶ巨石!!庭園に使われているものとしては日本最大級という巨石が池泉を手前にして並び、ひと目見てこれまで見なかったタイプの庭園…という風に感じる。一体どうしてこんな風に巨石を並べようと思ったのか…その発想。そんな巨石に沿っている築山に登ることもできる回遊式庭園になっています。
そして入り口側にある石燈籠の大きさにもおののく。東京の古河庭園や秋田の池田氏庭園の石灯籠も大きいですが、それよりもあるんじゃないかなあ…。(不謹慎ながら、)阪神淡路大震災でよく崩れなかったなあ…と。
幕末には桂小五郎・西郷隆盛・山縣有朋が滞在したこともあるそう。近代以降は所有者が移り変わり、近年民間から寄贈され公開を開始。秋にはライトアップも開催されているそう。近隣は益習館同様、江戸時代には武家屋敷が立ち並んでいたそうで非公開の古庭園もあるそう。また訪れたいなー。ちなみに「レトロこみち」といった町おこしも。
※稲田氏は正確にいうと大名ではないのですが、淡路支配時は大名級の石高を誇ったそうなので「大名庭園」のタグを…。ちなみに淡路島が徳島ではなく兵庫県に編入されたのは、この稲田氏を取り巻いて起こった「庚午事変」という騒乱によるもので、屋敷はその際に消失したそう。
(2019年1月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)