のちの将軍・足利義昭をもてなすために作庭されたという室町時代の池泉鑑賞式庭園の遺構。国の特別名勝。
一乗谷朝倉氏遺跡 南陽寺跡庭園について
「一乗谷朝倉氏庭園」(いちじょうだにあさくらしていえん)は国の特別名勝に選ばれている戦国大名・朝倉氏の館跡に残る庭園群。
戦国時代、越前朝倉氏の城下町として100年の歴史を築いた一乗谷。室町時代の終わりに織田信長軍によって滅ぼされ一帯が焼き払われて以降、約400年間に渡り再開発されることなく現代を迎えました。それにより室町時代に作庭された庭園の遺構(石組など)が良好に保存されていた…というか埋もれていたことから、「朝倉館跡庭園」「湯殿跡庭園」「諏訪館跡庭園」「南陽寺跡庭園」の4箇所が国の特別名勝となっています。
朝倉義景の館に作庭された『義景館跡庭園』の紹介はこちら。
2011年に初めて訪問した時のブログを読み返すと、この「南陽寺跡庭園」だけ見ていませんでした。庭園群の中でもこの庭園だけ朝倉氏館の外に位置しており、館の少し高台にあるため山の中腹の細道をたどる必要があります。その時は雪で道が閉ざされていたことと――初めてだったので「クマ出没注意」の看板にビビった記憶がある(笑)ということで今回初めて鑑賞。
「南陽寺」は室町時代の中期、朝倉氏景の時代に建立された寺院。その後朝倉貞景によって再興され、それ以降は朝倉家の子女が入る尼寺となったそう。この池泉鑑賞式庭園は室町時代末期、朝倉義景を頼って一乗谷に入った後の室町幕府15代目将軍・足利義昭をもてなすために作庭されたものと言われます。(義景館跡庭園もそのような経緯で作庭された庭園ですが、庭園の構成に類似点が見られるとのこと。そういえば滋賀の『松尾神社庭園』も義昭をもてなすための庭園だったっけ)
義昭を迎えた際には南陽寺で酒宴・歌会が催され、境内の美しい糸桜を眺めながら足利義昭と朝倉義景が詠んだ――という歌の碑が建てられています。
建造物は何も残っていないので、天気や時間帯によっては少し寂しく(不気味に)感じる場所かも――庭園の背後には害獣用の電気柵?もあるし。特別名勝庭園と言えども自然の中では関係ないこと。
…でもそんな自然にさらされているから、この南陽寺跡は一面が苔の広場。庭園に近づくためには苔の上を歩かざるを得ない…なんだか申し訳ない気持ちになる…。梅雨前後に訪れたらより美しい苔の広場が見られるのかもなあ。
この一帯は「一乗谷朝倉氏遺跡」として国の特別史跡でもありますが、かつては南陽寺含め40数箇所もの寺院があったそう。現代になり発掘された庭園の数は特別名勝の4箇所を含め15箇所あるそうですが、他にも寺院の庭園遺構などもあるのかもなあ。次回訪れる際にはそうした遺構も是非巡り歩きたい!
(2019年3月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
JR越美北線 一乗谷駅より約2km(徒歩約25分・駅前の資料館にレンタサイクルあり)
JR福井駅より路線バス「武家屋敷前(復原町並)」バス停下車
〒910-2153 福井県福井市城戸ノ内町 MAP