吉野屋庭園Yoshinoya Restaurant Garden, Hamamatsu, Shizuoka

昭和初期に建造された、浜松では貴重な山荘風の近代和風建築など4棟の国登録有形文化財と池泉回遊式庭園。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

吉野屋庭園について

【要予約】
「吉野屋」(よしのや)は東海道の脇街道“姫街道”の宿場町・気賀宿や気賀関所跡から程近くにある料亭。昭和初期に建てられた主屋・北棟・南棟・東棟が国登録有形文化財となっており、その中央に池泉回遊式庭園があります。

国指定名勝『龍潭寺庭園』から約2kmほどの距離。龍潭寺や実相寺を目的にこれまでも何度か訪れていた気賀ですが、日本庭園のある料理店がある――とは誰かから聞いていて。2020年2月、龍潭寺へ足を運んだ後に伺いました!なお予約制の料亭なので、メニューについては公式サイトでご確認ください。

この場所には元は『実相寺庭園』の説明でも登場する、当地を治めた旗本・近藤家の陣屋があったそう。庭園内の碑に“近藤氏流球蘭試植池旧跡”と書かれていて――文章がちょっと読み取りづらいのですが、近藤氏が豊後から青莚表の苗を持ち帰り(拝領し?)、遠州でも生産することを奨励したと。 豊後と青むしろの関連性がピンと来なかったけど、なんと大分県には“豊後表”という青むしろの生産と発展に携わった人たちをまつる『豊後表/青筵神社』という神社があった!

その後、大正時代には気賀町長を務めた野末邑次郎が「吉野屋」の屋号でお店を経営されていたそうで、後に板前を務めていた野島勘作にお店ごと譲渡。この野島家に生まれたのが、日本画家・野島青茲。昭和中期の国宝保存会で法隆寺の壁画の模写などにも携わった画家で、例年GWには吉野屋で作品の展示会が現在も催されているそうです。

現在も残る4棟の近代和風建築はその後の昭和初期に旅館として建設されたもの。中でも目を引くのは茅葺屋根で山荘風の“北棟”(日の出の間・萩の間)。浜松にこんな近代の山荘風の建物があるとは知らなかった…!
浜松は太平洋戦争の空襲で市内の多くが焼き尽くされ、古い建築や家屋はほとんど残っていない現代的な街。気賀は元は浜松ではないと言えばそうだけど…、これは浜松にとってとても貴重な近代和風建築だと思います。未来に引き継がれていってほしい!

庭園も昭和初期に作庭されたもので、4棟の建築の位置は“どの建物からもお庭が眺められるように”と四方に配されたもの。すなわち吉野屋は(位置的のことじゃなく意味合いとして)中心になっているのは文化財となっている建物よりも、実は庭園なのだと思う。作庭者は現段階では不明なのですが、現在お手入れに入られているのは「京都の中根さんの下で修行をされていた」という植木屋さんだそう!名前を失念…。

マスターによる「吉野屋のおやじ」ブログは毎日更新されています。
今回は夕方も夕方で、写真はお世辞にもきれいと言えないので――また芝生の緑がきれいな時期に再訪して、池のほとりの広間からお庭を眺めながらお食事を!

(2020年2月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

天竜浜名湖鉄道 気賀駅より徒歩6分
JR浜松駅より路線バス・気賀駅行「国民宿舎入口」バス停下車 徒歩2分

〒431-1305 静岡県浜松市北区細江町気賀904-1 MAP