国指定史跡”津和野藩主亀井家墓所”に含まれる歴史的寺院の、お殿様も眺めた庭園。島根県指定文化財の本堂も。
永明寺庭園について
「覚皇山 永明寺」(ようめいじ)は国の重要伝統的建造物群保存地区・津和野の古い町並みのはずれにある曹洞宗の禅寺。大きな茅葺屋根の本堂が島根県指定有形文化財、日本遺産“津和野今昔~百景図を歩く~”構成文化財にも名を連ねます。
2021年7月に約5年ぶりに津和野へ。今回は時間の都合上、国指定名勝『旧堀氏庭園』までは行けなかったのですが、駅近の範囲内で庭園に立ち寄りました。
津和野の町並みの西側の山の中腹にある永明寺。室町時代中期の1420年(応永27年)に当時の津和野城主・吉見頼弘により創建された島根県最古の別格大禅院・別名“石州本山”で、以来歴代の津和野城主の菩提寺として栄えました。
江戸時代に津和野を治めた亀井氏もその一つで、境内は国指定史跡『津和野藩主亀井家墓所』の一部にも含まれます(墓所そのものは近隣の別寺院『永太院』の裏山・乙雄山に残る)。なお亀井家の他にも、初代津和野藩主・坂崎直盛や津和野で幼少期を過ごした明治の文豪・森鴎外の墓所も。そして本堂の他にも県指定文化財の寺宝を有します。
江戸時代の序盤には度々火災に見舞われ、現在残る茅葺の本堂は1729年(享保14年)(※津和野町のサイトでは1779年と記載)に再建されたもの。
ここ数年で解体修復工事が行われていたようで、茅葺屋根は綺麗な姿を見せていたけれど、本堂前にはまだ工事車両の姿があり、江戸時代後期築の庫裏には足場が組まれていた。
お堂の奥に庭園があります。作庭年代についてパンフレットにはないけど“御殿様御成りの間”から正面に眺めみる庭園なので、江戸時代中期の本堂再建or江戸後期の庫裏の再建時にあわせて作庭されたものかな。
そんな藩主も鑑賞した庭園は背後の山を借景とした池泉回遊式庭園で、中島(亀島)の上に目線をやると山から自然の滝が流れ落ち続けているのが見える。秋には庭園を覆う紅葉が赤く染まり、庭園で一番の見頃を迎えるそう。駅からも比較的近いので、また津和野を訪れる際は立ち寄りたい!
(2021年7月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)