月の桂の庭Moon laurel garden(Tsuki-no-katsura-no-niwa), Hofu, Yamaguchi

例年11月初旬に公開される“幻の石庭”。江戸中期、毛利家家臣・桂忠晴が作庭した独創性あふれる枯山水庭園。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

月の桂の庭について

【通常非公開】
「月の桂の庭」(つきのかつらのにわ)は江戸時代中期の1712年、毛利家の家臣・桂運平忠晴が自邸に作庭した枯山水庭園。例年11月初旬の2日間のみ特別公開されます。個人的に2019年初めて見て最も感動した庭園の一つ。

おととしだったかそれ以前だったか、インスタで誰かが書いてたんですよね、『幻の石庭』みたいなフレーズを。なぜ幻と評されるかと言うと殆ど公開されないからーーでもあり、その一風変わった造形によるものでもあるかもしれない。

「いつか観に行きたいですよね」なんて話もしていた、けどなかなかこの庭園の為だけに山口県行くのは遠いなあ…と東京居た頃に思っていたのですがーー秋に京都行きが決まり、京都からなら(決して近くはないけど、比較的)行きやすい!ということで初めて訪れました、月の桂の庭。

毛利元就の7男・毛利元政を祖とし、防府に居館のあった右田毛利家。その家老、桂家は三代に渡り毛利家の家老とつとめ、右田毛利家の菩提寺『天徳寺』の近くに四代目の桂忠晴がに新居をかまえた際にこの庭園も作庭されたと伝わります。なのでその邸宅も古い武家屋敷。

なんと言っても石組のユニークさ。石の上にL字型の石を置く造形。べたーっと細い石を白砂の中に埋めていたり。細長い石の上にカタツムリみたく石をかぶせてたり。
江戸時代以降で言えば“龍安寺の石庭っぽい庭園(作風)”はそれなりに量産され、現代で言えば“重森三玲っぽいな”と感じる庭園に出会うことも、ままある。(もちろんどちらも好きです)

その中でこの石庭。現代の“彫刻庭園”のような新しさ。これが江戸時代中期の庭…?
桂忠晴は毛利家に伴って江戸や大坂、京都への往復も11回こなし、茶の湯や禅への造詣も深かったそうなので京都の禅の庭を鑑賞したりはしていたのだろうけどーーそれで居てこのオリジナリティあふれるアウトプット。

一体何を表現したのか…?みたいな考察は後述しますが、答えがどうあるかと言うより、龍安寺の石庭のようにとてもインスピーションがかきたてられる枯山水に違いない。この作品が京都や近畿でも江戸でもなく、防府のちょっと郊外にあるという事実が『日本庭園って奥深いな』と感じる部分。京都に負けない魅力的な庭園がきっと誰かや誰かの地元にもある!

その作庭意図について。(元)日本造園学会会長・進士五十八さん、(元)日本庭園学会会長・河原武敏さんらが書かれているので見学の機会にそちらをお読みいただくとして。ざっくり言うと、

●忠晴はその当時、佐波川(この邸宅からもかつては見下ろせたという一級河川)の干拓工事に携わっていた
●その成功を祈願した、祈りの庭
●このL字型の石は“心月孤円、光、万象を呑む”という禅の言葉を表現するものである
●そしてL字型の石(兎石と呼ぶ)に月がかがる旧暦11月23日に、工事の成功を月に祈る”月待行事”という風習を忠晴自身がはじめた(桂家ではこれが現在も続いている!)
…など。

解説を読んで思うのは、桂忠晴自身がやはり独創性あふれる人だったということ。そして禅の世界にふれつつも本当に『ごく個人的な祈りと世界観』を表現したものなんだよな。当時も主君(毛利家)を招いたりはしていたみたいだけど狭い範囲で鑑賞を楽しむ庭だったのが、300年経った今「なんじゃこれすごい芸術作品じゃん」ってなってる。
こうした“これまで見たことがない”タイプの庭園を見て素直に感動したいからーー“庭園のセオリー”に囚われすぎないことが大事。

幻の石庭…そんな“ツウ好み”の庭園ーーって得てして特別公開があっても人が少ないことも多いのですが、こちらは観光協会により臨時駐車場も開設され、地元の人で賑わっているのが印象的でした。毎年このお庭を観るのを楽しみにされている地元の方も居るのかもな。誇りになってほしいなあ。
駐車場からは石船山(右田ヶ岳)の自然の岩壁ものぞめます。この景観もまた素晴らしい。この眺めが間近にあるからこそ独創的な石庭ができたのだろうか。山頂には磨崖仏もあるらしい。興味ある…!

(2019年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山陽本線 防府駅より約3km(※駅にレンタサイクルあり)
JR防府駅より路線バス「塚原」バス停下車 徒歩5分

〒747-0063 山口県防府市大字下右田1091-1 MAP