東行庵(第一無鄰菴)Togyoan Temple Garden, Shimonoseki, Yamaguchi

山縣有朋が最初に建てた“無鄰菴”の地に、山縣有朋が開基となり開かれた高杉晋作の菩提寺。国指定史跡の墓所も。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

東行庵(第一無鄰菴)について

「東行庵」(とうぎょうあん)は高杉晋作の菩提寺であり、元勲・山縣有朋が最初に“無鄰菴”を建てた場所。境内にある高杉晋作墓所は国指定史跡となっています。山陽花の寺二十四か寺の第8番。下関市の国宝寺院『功山寺』の末寺。

2019年秋、京都で第二無鄰菴こと『がんこ高瀬川二条苑』、第三無鄰菴こと『無鄰菴』へ足を運ぶうちに…どうしても“第一無鄰菴”の存在が気になってしまって。山縣有朋が暮らした頃の邸宅や庭園はないと知りつつも、東行庵は東行庵でいつか行きたいと思っていた場所だったので――『月の桂の庭』(後日紹介)という大目的とあわせて山口県へ行ってきました!

東行庵のある下関市吉田地域は下関の中心市街地からは結構離れていますが、かつては山陽道の宿場町。現在も多少ながら宿場町の町並みの面影を残しています。そして幕末には高杉晋作も総督を務めた奇兵隊の拠点がありました。東行庵から約1kmの場所に「奇兵隊陣屋跡」があります。

山県有朋がこの地に初代無鄰菴を建てたのは幕末、奇兵隊の軍監を務めていた頃。当時は山縣狂介。この時詠ったのが

“となりなき 世をかくれ家の うれしきは 月と虫とに あひやとりして”

という歌で、後の明治17年に山縣の字による石碑が現在も境内に建ちます。

現在は東行庵のすぐ横を県道が通っていて、大きな駐車場もあって観光化されているけれど、東行庵の建物そのものは山の麓の自然豊かだったのを想像させる場所にある。京都では感じ取りづらい“隣に家もなにもない”という背景がこのロケーションからは感じ取れるかなあ、と思う。

高杉晋作は27歳の若さで逝去し、遺言により無鄰菴から程近いこの山に埋葬されました。現在の墓所には毛利元徳、木戸孝允、井上馨、伊藤博文により寄進された石灯籠が立ちます。
その三者と同じく明治維新後も政府の要職を歴任した山縣有朋はこの地を高杉晋作の愛人・うの(おうの)に贈りました。先立って出家していたうのはこの地で亡くなられるまで晋作の菩提を弔ったそう。晋作の号“東行”を冠した東行庵が建立されたのは1884年(明治17年)頃のことで、開基が実は山縣有朋。

その後、1966年(昭和41年)に大修理され、庵の前に広がる枯山水庭園や隣接する『東行記念館』もその時に造られたもの。また、非公開の“無鄰菴”というお茶室があり――今回は特別にそちらや東行庵の内部も拝観させていただきました。幕末の長州藩士であり、書家でもあった野村素介による初代無鄰菴の扁額という貴重なものも見させていただいた…!
ちなみに、京都『無鄰菴』の扁額を書いた長三洲とは“長州三筆”として並び称される方。

東行庵庭園の作庭も茶室の棟梁も当時京都から招かれたものだそう――ですが詳細は不明。なおその時に資金面で大きく協力した実業家がいて――下関在住の実業家・中部幾次郎(『長府庭園』を一時所有した、マルハニチロの創業者)と頭の中に入っていたけど、手元の年表見ると長府製作所会長の川上米男さんの名前しかないので正しくはこの川上さんかも。
なお現在東行庵の境内にある池泉回遊式庭園“東行池”はその翌年1962年に造営され、その後昭和57年に改修を経たもの。

高杉晋作のお墓のある裏山“清水山”には山縣狂介時代の山縣有朋の像と、その一段高台に高杉晋作の陶像が立ちます。
が、この2人の像も紆余曲折を経たのが現在の姿。現在高杉晋作の像が建つ場所には、1933年には軍人姿の山縣有朋の銅像が建てられました。見せていただいた古写真では現在の高杉晋作像より一回り大きかったようで、これはこの地から世界に羽ばたき、その後も高杉晋作の眠るこの地を気に掛け続けた山縣有朋を誇りに思った地元の方々による行動だったそうですが――太平洋戦争真っ只中の1943年に撤去。その後、高杉晋作の陶像が代わりにその配されたのですが、台座と比べて像が小ぶりなのはそのためなんだそう。現在ある山縣狂介の像は2015年に完成したものです。

その他清水山には紅葉谷や梅園、千本椿と呼ばれるエリアが。自分が訪れた際には紅葉のピーク前でしたが、これを紹介している現在は梅や椿が見頃かも。貴重な資料や茶室の姿を見させていただいたこと、改めて御礼申し上げます!

(2019年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山陽本線 小月駅より路線バス「東行庵入口」バス停下車 徒歩8分

〒750-1101 山口県下関市吉田町1184 MAP

近くまたは関連する庭園Nearby or Related Gardens
無鄰菴庭園
無鄰菴庭園

無鄰庵庭園について 「無鄰菴」(むりんあん)は明治27〜29年(1894年〜96年)に山縣有朋の別荘として造られた邸宅と庭園。東山を借景にのぞむ池泉回遊式庭園の作庭は七代目小川治兵衛(植治 …

がんこ高瀬川二条苑(第二無鄰菴)
がんこ高瀬川二条苑(第二無鄰菴)

がんこ高瀬川二条苑(第二無鄰菴)について 多くの歴史的和風建築をレストラン・料亭として再活用している「がんこフードサービス」の“お屋敷”シリーズ。京都の中心部、京都市役所から程近く …

長府庭園
長府庭園

長府庭園について 「長府庭園」(ちょうふていえん)はかの毛利家が治めた城下町・長府を代表する庭園。幕末に長府毛利家の家老格だった西運長の屋敷跡という1万坪の広大な敷地に庭園、書院造り …

長府毛利邸庭園
長府毛利邸庭園

長府毛利邸庭園について 「長府毛利邸」(ちょうふもうりてい)は戦国時代~江戸時代にかけて活躍した大名・毛利氏のうち、長府藩を治めた長府毛利家の最後の藩主・毛利元敏の邸宅として明治時 …