芬陀院雪舟庭園(雪舟寺)Funda-in Temple Sesshu Garden(Sesshu-ji), Kyoto

水墨画家・雪舟等楊禅師が作庭し、現代に重森三玲により復元された枯山水庭園「鶴亀の庭」。

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芬陀院雪舟庭園・雪舟寺について

「芬陀院」(ふんだいん)は京都を代表する寺院の一つ「東福寺」の塔頭寺院の一つで、水墨画で有名な雪舟等楊禅師により作られた庭園があることから「雪舟寺」(せっしゅうでら)の愛称でも知られます。

芬陀院は鎌倉時代後期に当時の関白・一条内経(またはその息子・一条経通)により創建。それ以後現在まで「一条家」の菩提寺となっており、江戸時代前期の一条家当主である“茶関白”一条恵観が好んだ茶室「図南亭」もあります(当日の茶室は焼失したため、現在の図南亭は昭和年代に再建されたもの。露地には恵観の残した手水鉢も)。

室町時代にはかの雪舟が東福寺を参拝する際に毎回身を寄せるゆかりの寺院となり、方丈の前に広がる枯山水庭園「鶴亀の庭」はその当時に雪舟により作庭されたものと伝わります。京都の枯山水庭園としては最古の庭園の一つとも。
その後荒廃し現在の庭園は昭和年代に重森三玲により復元されたもので、また「図南亭」の丸窓を眺める方丈の東庭は重森三玲の作庭。こちらは比較的「ああ、重森三玲の庭園だなあ」というその独特の主張は少な目の苔と石の配置による庭園で、「鶴亀の庭」の石組からインスパイアされたものとされます。

「鶴亀の庭」誕生の逸話として、当時の一条家当主・一条兼良(摂政・関白・太政大臣を歴任)によって「亀の画」を依頼を受けた雪舟は画ではなく石組によりこの亀島を主体とした庭園を作りました。その夜、その亀島が手足を動かし庭を這っていた――そして最後に大きな石を亀の甲に乗せたところ亀は動かなくなり、現在の形のような亀島が完成したそう。

そして一条兼良からその恩による寺の拝領を断り、雪舟はより画を学ぶために明へ渡りました。…ということはこの庭園は雪舟の初期の作品ということになります。明から帰国した後の、より石組や世界観が研ぎ澄まされた「あの画家・雪舟が造った名園――」という気持ちを味わいたければ、山陰・山口・九州の雪舟庭園にも足を運ぶことをオススメしたい!

(2012年1月、2015年3月、2018年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR奈良線・京阪本線 東福寺駅より徒歩8分
京阪本線 鳥羽街道駅より徒歩7分(開かずの踏切あるので非推奨)

〒605-0981 京都府京都市東山区本町15丁目803 MAP