源平合戦の舞台にもなった、“義経四天王”佐藤継信の菩提寺。京都・伏見の“藤井造園”藤井稔の作庭による枯山水庭園も。
洲崎寺庭園について
「眺海山 円通院 洲崎寺」(すさきじ)は平安時代初期の大同年間(806年~810年)に弘法大師空海により創建された高野山真言宗の寺院。
源義経の忠臣“義経四天王”の佐藤兄弟の兄・佐藤継信の菩提寺という源平合戦ゆかりの寺院で、境内には現代に作庭された“源平の庭”があります。作庭を手掛けたのは京都・伏見の藤井造園の先代・藤井稔さん。京都の紅葉の名所『圓光寺庭園』が有名。
2021年年始に初めて訪れました。開基とご本尊の聖観音像も空海の作と伝わることで、四国八十八ヶ所霊場の番外札所でもあります。また江戸時代に四国八十八ヶ所巡礼を20回も行い、その間に巡礼記(言わばガイド本)を制作、遍路みちの整備まで進め、四国遍路の一般化(観光化)を進めた“遍路の父”真念の墓所も。
平安時代の終わり、源平合戦で戦火により焼失。その際に源義経の身代わりとなって相手の矢を食らったのが佐藤兄弟の兄・佐藤継信。洲崎寺の本堂の扉を担架代わりに源氏の本陣へと戻されました。洲崎寺は合戦の後に義経により再建され、佐藤継信の菩提寺として今日でも3月19日に慰霊法要が行われています。
なお戦国時代に土佐の大名・長宗我部元親により攻められ再度焼失。1699年(元禄12年)再建。
そんな源平合戦ゆかりの寺院。再興300年となった2000年(平成12年)に屋島・壇ノ浦の戦いを表現した枯山水庭園“源平の庭”が作庭されました。苔と石により屋島・赤牛崎・五剣山といった場所や舟かくし、扇の的など屋島の戦いの姿に見立てられています。
ちなみに藤井造園さん作庭の庭園、高松市に他にも複数あるんですよね…。今回は足を運べなかったけど次回高松へ行く時には行きたい。
(2021年1月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
琴電志度線 八栗駅より徒歩7分
JR高松駅より路線バス「洲崎西」バス停下車 徒歩3分
高松駅より8km(駅にレンタサイクルあり)
〒761-0121 香川県高松市牟礼町牟礼2691 MAP