祥雲寺庭園Shoun-ji Temple Garden, Sakai, Osaka

沢庵宗彭和尚が開き、その後を継ぎ大徳寺の住職も務めた天祐紹杲の作庭による枯山水庭園。大阪府指定名勝。

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祥雲寺庭園について

「祥雲寺」(しょううんじ)は江戸時代初期の1625年、当時の著名な僧のひとり・沢庵宗彭和尚により創建された寺院で、江戸初期ににより作庭されたという枯山水庭園は大阪府指定名勝となっています。
2019年夏に2年半ぶりに堺へ。そして以前から訪れたいと思っていたこの庭園へ行ったのですが、偶然にも今年いくつか足を運んでいる沢庵和尚ゆかりの寺院(庭園)でもあった!

沢庵和尚の経歴は沢庵寺こと『宗鏡寺庭園』の方でも触れましたが、京都・大徳寺の住持となる前には堺に居り、大坂夏の陣で焼失した『南宗寺』の復興に尽力していたそう。また同時期に同じく夏の陣で焼失した「海会寺」の跡地に当地の豪商・谷正安が沢庵を開山に迎え、新たな寺院を創建。後に祥雲寺となりました。江戸幕府3代目将軍・徳川家光の時代から幕府巡見所の一つになったそうですが、これは家光が沢庵に帰依していた関連もあるのかなあ。

昭和初期までは複数の堂宇や塔頭が建つなど広大な境内をほこったそうですが、太平洋戦争の空襲ですべて焼失。現在の建物はさほど雰囲気があるものではないのですが、方丈の南庭として存在していた枯山水庭園のその石組は残り、それを元に昭和年代に一耕宗純師により現在の姿に整備されました。現在は(自分が訪れた際は)自由に拝観することが可能だった。

枯山水庭園の作庭は沢庵和尚を継いで祥雲寺の2番目の住職を務めた天祐紹杲によるものとされます。天祐紹果は京都・大徳寺の住職も(沢庵と同じく)務め、氏が『大徳寺方丈庭園』を手掛けていること、そしてその白砂の空間、石組等からも大徳寺方丈庭園との類似性を指摘されています。
白砂の中に配されている大きな石にはそれぞれ富士石、鶏冠石、蚪虫石、霊芝石、臥牛石と名付けられているそう。この石の名前についてはコピペしたことをここで白状。サツキの刈込が上でこんもりしている臥牛石なのかな?

また現在の方丈?から飛び石を伝った先にも平庭っぽい場所が残っており、これが方丈中庭の“亀の庭”。沢庵寺の方にある『鶴亀の庭』と関連があるのでは?という推測が公式サイトでは触れられています(よくある名前ではありますが…)。かつては豊臣秀吉好みの、まだ淀君手植えの松から枝を拝領し、正安が植えたというマツがあったそう。

前述の通り現在の建造物はいずれも新しいものですが、焼失から逃れた国指定重要文化財の絵画『沢庵和尚像』『釈迦二声聞像』を所蔵。またかつて所蔵していた俵屋宗達筆による松島図屏風の複製画もあるのだとか(現在原本はワシントンのフリーア美術館所蔵)。そちらも機会があったら見てみたい!

(2019年8月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

阪堺電軌阪堺線 宿院駅より徒歩6分
南海電鉄高野線 堺東駅より徒歩13分
南海電鉄本線 堺駅より徒歩14分(駅にレンタサイクルあり)

〒590-0954 大阪府堺市堺区大町東4丁目2-7 MAP