菜香亭庭園Saikotei Garden, Yamaguchi

命名は元老・井上馨。伊藤博文、山縣有朋、佐藤栄作など新旧の歴代首相が好んだ料亭の近代和風建築と庭園。

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山口市菜香亭について

「菜香亭」(さいこうてい)は山口市内に明治時代に創業した料亭。名付け親である元老・井上馨をはじめ多くの政財界の大物/文人らが訪れ、現在は「山口市菜香亭」の名で観光施設/市民の交流施設として開かれています。

2021年7月に初めて訪れました。北側に『瑠璃光寺五重塔』、東側に『常栄寺 雪舟庭』、南側に『大内氏館跡』と国宝/国の文化財があるエリア。すぐ近くを自転車で何度も通り掛かったけど入ったことなかった…。

その歴史は1877年(明治10年)、現在地からは少し西にある『八坂神社』の境内に『祇園菜香亭』として創業。施主・齊藤幸兵衛は元々は萩藩(長州藩)の膳部職(≒専属シェフ)をつとめ、藩主・毛利敬親にともない山口に移住。
明治維新後には明治天皇行幸の際の賄い方(≒専属シェフ)や西南戦争の御用達(≒専属シェフ)を務めた後に料亭を開業。長州藩士同士、旧知の仲で常連客だった井上馨が“齊藤幸兵衛”の名をもじって“菜香亭”と命名しました。

以来山口を代表する料亭・迎賓館として、伊藤博文木戸孝允山縣有朋ら長州藩ゆかりの大物から、三条実美西郷従道後藤象二郎桂太郎田中義一といった明治維新~近代の大物政治家、岸信介佐藤栄作田中角栄といった戦後~現代の総理大臣らも訪れ、ここに名前を挙げた面々の揮毫が現在大広間に掲げられています。

そんな歴史的料亭も創業から120年目の1996年(平成8年)に閉業。その後は市民の保存運動と女将さんで5代目の齋藤清子さんから山口市に建物と揮毫・扁額などの史料、2億4千万円という資金の寄附を受け、現在地へ移築・復元され、2004年(平成16年)に再スタートを切りました。

100畳もの広さをほこる大広間と二階建ての客間からなる建築は料亭の最盛期、1936年(昭和11年)に増築されて以降の姿。
それらに挟まれた庭園(中庭)は大正時代に作庭された池泉鑑賞式庭園を移築したもので、現在は池が枯流れになっています。大広間の逆側の枯山水庭園“東庭”は2004年に新たに作庭されたもの。

この中庭、香山公園内にある『露山堂庭園』の時も書いたけど“出雲流庭園に似ている萩の庭園スタイル”といった趣きなんですよね~。砂の中に高めの飛び石が配されてる感じが。ちなみに佐藤栄作はこの庭を眼下に眺められる二階客間を最も好んで使ったのだとか。

歴史的な建造物が保存された例でもあるのだけど、今回訪れた時の企画展『毛利敬親と野田御殿』では、現在菜香亭が建つ場所は実はかつては藩主・毛利敬親の隠居所として建築された“野田御殿”(毛利家野田別邸)があった(が、解体されてその後は団地?寮?になった)ということの展示だった。当時も御殿の庭園があったようだけど、現在の菜香亭の庭園にその面影が残るわけではない。

逆に?移築前の菜香亭のあった場所はその後に戦国大名・大内氏の築山館跡として国指定史跡となり、発掘調査などが進められているそう。もし庭園らしい何かが発掘されたりしたら、こちらがまた復元されたりして…。色んな歴史の上に“庭園”はある。
菜香亭ではレンタサイクルや人力車サービス、着物レンタルなど観光者向けのサービスも色々。観光の際には立ち寄ってみて。

(2021年7月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山口線 山口駅より約2km(徒歩25分・駅周辺にシェアサイクルあり)
JR山口線 上山口駅より徒歩13分
山口駅より路線バス「野田学園前」バス停下車 徒歩3分

〒753-0091 山口県山口市天花1丁目2-7 MAP