瑠璃光院庭園Rurikoin Temple Garden, Kyoto

京都の青もみじ・紅葉リフレクションの名所は中村外二の数寄屋建築と佐野藤右衛門作庭の苔の美しい庭園も一流!

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瑠璃光院庭園について

【春と秋に特別公開】
「瑠璃光院」(るりこういん)は京都・八瀬の青もみじと紅葉の名所。近代の京都を代表する数奇屋大工棟梁・中村外二が手掛けた近代和風建築と、世界遺産『仁和寺』などの御用達をつとめる庭師・佐野藤右衛門(植藤)作庭と伝わる“瑠璃の庭”、“臥龍の庭”、“山露地の庭”が見られます。

2020年の春季特別拝観は6月1日からスタート(〜7月31日まで)。例年は4月中旬〜6月中旬といった日程ですが、今年はCOVID-19の影響で遅く始まりました。
昨秋初めて足を伸ばしたら、平日午前で2時間待ち…。いつかエアポケット的なタイミングで見られたらいいなと思っていたのですが、(喜ばしいことではないけど)2020年のこの期間はまたとない機会。初日に訪れました!

この八瀬の地は奈良時代に起こった壬申の乱の際、後に天武天皇となる大海人皇子が背中に矢傷を負われ、この地の“窯風呂”で傷を癒されたことから矢背⇒八瀬となった、と言われます。そんなエピソードから平安時代から貴族や武士たちに保養所として好まれたそうーー言ったら日本のサウナ文化もこの頃からあったという話。この八瀬名物のかま風呂、なんとこの邸宅内にも。

そして近代となり、京都銀行前身の創業者でもあり当時の関西を代表する政治家/実業家のひとり・田中源太郎がこの地に庵を建立。そこに明治維新の立役者・三条実美が訪れ、“喜鶴亭”と名付けました。この“喜鶴亭”も現存。
なお田中源太郎といえば、七代目小川治兵衛(植治)作庭の庭園が京都府指定名勝になっている『楽々荘』のオーナーだった人物です。

田中源太郎の死後、田中が創業した「京都電燈」重役の別荘となり、大正〜昭和初期にかけて現在残る2階建ての主屋や庭園が造営されました。その後、高級料理旅館“喜鶴亭”だった時代を経て、現在は浄土真宗『無量寿山 光明寺』が所有し京都別院(寺院)として拝観する形になっています。

…という感じで、山門の延段や石段から「おおお、噂に違わずすごいなあ」と思う部分ばかりだったのですが、庭園を中心に写真を絞りました。書院2階の青もみじのリフレクションも今なら比較的余裕を持って向き合えそうーーだけど、個人的にはやはり一階の庭園の眺めを推したい!

■瑠璃の庭(1、13〜17枚目)
主屋(書院)一階から眺める主庭。一面の苔が美しく、この瑠璃色に輝く苔から“瑠璃の庭”と名付けられたとか。京都屈指のもっふもふの苔庭…!奥の巨石から小川が流れているのですが、次回はモミジが茂る前に訪れてその庭園の奥行きも眺めたい…。

そして数寄屋建築の意匠が最も楽しめるのはこの書院一階だと思った。また、この書院には室町時代の「聖衆来迎図」などの寺宝が展示されています。あと靴脱ぎ石めっちゃかっこいい。

■臥龍の庭(20〜25枚目)
書院〜本堂から渡り廊下をつたって、所々懸造になってる建築を楽しみながら“喜鶴亭”へ。目の前には池泉鑑賞式庭園“臥龍の庭”。先程の上段の清流がこの池に流れ込む様から名付けられた庭園。こちらも苔と紅葉が美しい。

座敷から鑑賞しても美しさを味わえるけれど、奥に続く園路を見ていても元は山の斜面を活かした回遊式庭園だったことが見て取れます(なんかこの感覚、東日本屈指の名園『貞観園』を思い出す…)。いつか歩くことができたら、その時がこの庭園の素晴らしさを本当に体感できるんだろうな。

数寄屋建築、庭園、仏画以外にも三条実美の他にも犬養毅による「産業立国」という書なども展示されていたり。その辺りは近代の実業家の暮らした別荘ーーの雰囲気を存分に味わえます。また秋冬にも訪れたい…!

(2020年6月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

叡山電鉄叡山本線 八瀬比叡山口駅 徒歩6分
最寄りバス停は「八瀬駅前」バス停下車 徒歩8分

〒606-0067 京都府京都市左京区上高野東山55 MAP