紫式部の邸跡にちなんで作庭された枯山水庭園“源氏庭”。夏はキキョウの名所。明智光秀ゆかりの仏像の特別公開も。
廬山寺庭園“源氏庭”について
「廬山寺」(ろさんじ)は平安時代に紫式部が過ごした邸宅のあった場所に建つ寺院で、それにちなんで作庭された枯山水庭園“源氏庭”は初夏には紫のキキョウの花を咲かせる桔梗の名所として知られます。2020年、初めてその姿を拝観!
寺院としては平安時代の中ごろ、938年頃(天慶年代)に比叡山延暦寺の中興の祖・良源により創建。正式名称は“廬山天台講寺”。当時は現在地より北西の船岡山の南に建立されましたが、応仁の乱で焼失。延暦寺系ということで織田信長に狙われたりもしつつ安土桃山期の天正年間に現在地に移転。
なお戦国時代には明智光秀により侵略され、その滞在時に光秀が礼拝し戦に持ち運ぶこともあったという仏像が展示された特別展『明智光秀の念持仏と廬山寺展』が2020年開催中。
江戸時代にも1788年の天明の大火で伽藍を焼失するものの、光格天皇によってすぐ近隣の『仙洞御所』の御殿の一部が移築され再興。当時移築されたのが現在も残る本堂と尊牌殿。本堂にまつられている御本尊“木造阿弥陀如来及両脇侍像”が国指定重要文化財。その他にも国宝に指定されている“慈恵大師筆遺告”も所有していますが、こちらはトーハクに寄託。
この地が紫式部の邸宅だったと論証されたのは1965年(昭和40年)。紫式部の祖父・藤原兼輔(権中納言)の建てた“平安京東郊の中河の地”の邸宅というのが現在廬山寺の境内であったと歴史学者・角田文衞により考証されました。
その後、父・藤原為時とともに越前国からこの邸宅に移り住み、その後大人になった紫式部はこの地で『源氏物語』『紫式部日記』を執筆しました。
枯山水庭園“源氏庭”はそれにちなんで昭和40年に作庭されたもの。平安時代の庭園の曲線的な特徴を、現代の苔と白砂に置き換えたもので、6月末〜夏にかけて見頃を迎えるキキョウは“源氏物語”に出てくることから、また紫式部にちなんで植えられたものだそう。
ちなみに、紫式部ゆかりの庭園として作庭されたものとしては、福井県・越前武生の『紫式部公園』という回遊式庭園もあります。
また廬山寺の境内には豊臣秀吉によって京都の広域に造営された“御土居”の一部が残り、国指定史跡にもなっています。以前御土居の話を書いたのは鷹峯の『しょうざんリゾート京都庭園』。結構遠いんですけど…、そんな風に平安時代・安土桃山・江戸時代から現代までの歴史を感じられる寺院。
(2020年6月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
京阪本線 出町柳駅より徒歩10分強
最寄りバス停は「府立医大病院前」バス停下車 徒歩5分
〒602-0852 京都府京都市上京区寺町通り広小路上る北之辺町397 MAP