大角氏庭園・旧和中散本舗

Osumi-shi Garden / Wachusan Honpo, Ritto, Shiga

徳川家康にその名を授かった、旧東海道に面する国指定重要文化財の商家建築…大名茶人・小堀遠州作庭と伝わる国指定文化財庭園も。

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大角氏庭園・旧和中散本舗について

【通常非公開/春・秋に特別公開】
「旧和中散本舗」(きゅうわちゅうさんほんぽ)は滋賀県栗東市の旧東海道沿いに江戸時代初期から残り、徳川家康からその名を授かったと言われる商家。「大角家住宅」として主屋・正門・隠居所が国指定重要文化財。また大名茶人・小堀遠州の作庭と伝わる庭園が「大角氏庭園」(おおすみしていえん)として“ランドスケープの国重要文化財”国指定名勝に選ばれています。

通常非公開ですが、庭園のカキツバタやアヤメが見頃を迎える5月頃に例年特別公開があります。詳しくは栗東市観光協会のサイトを。(かつて訪れた5月の写真と最新に訪れた写真を交えて紹介)

JR草津線の手原駅から東へ約2km。この(旧)和中散本舗の建つあたり(六地蔵)は東海道五十三次・草津宿と石部宿の「間の宿」だったエリアで、街並みも旧街道の面影をとてもよく残しています。

その歴史について。大角家(大角弥右衛門家)は慶長年間(桃山時代〜江戸時代初め)にはこの地に居を構え、“ぜさいや”の屋号で製薬と旅人に向けてた販売を営まれていました。ある時、東海道を移動中の徳川家康が腹痛を起こした際にぜさいやの薬を採った所、順調に回復。その感謝から家康から薬に“和中散”という名前を与えられました。

そして江戸時代を通じて薬屋として栄える一方で大名/皇族/公家などの休憩所にもなり、江戸時代の様子を伝える「東海道名所図会」にも描かれ“中の本陣”とも称されたそう。中でも明治天皇は複数回この大角家を訪れたことがあり、要人の為の敷台玄関前にはそれを記念した石碑があります。

商売を営んだ場(ミセ)と製薬場、更に居住スペースが一体となっている大型な商家建築である大角家住宅。江戸時代初期〜中期に掛けて増築されていったものとされ、奥へと進んでいくと徐々に欄間や襖絵に豪華さを増してゆきます。特に江戸時代中期を代表する画家・曾我蕭白の襖絵が複数点…!

庭園に面する書院座敷がかつて明治天皇などの要人が休息された場所で、ゆかりの品々も展示。そして国指定文化財の庭園。手前には小さな池泉(心字池)、その奥に急傾斜の築山を築き、背後に見える日向山を借景とした池泉鑑賞式庭園。お座敷の上段の間(玉座)からは、付け書院の障子窓を掛け軸のようにして眺められるような位置関係になっていて、それもこの庭園のビューポイントの一つ。

作庭は桃山〜江戸時代初期を代表する大名茶人・小堀遠州の作庭と伝わります。近江国出身であり、徳川家にも仕えて江戸〜京都間を行き来していた小堀遠州。きっとぜさいやにも訪れていたのだろう――と思いますが、文化財指定理由の方では小堀遠州よりも遅い時代の作庭とも。浜松の『龍潭寺庭園』等と雰囲気はとても良く似ているので、遠州ではなくとも遠州の流派を伝える人物が関わったのでしょう。

また、かつて製薬に用いられていた石臼や機械、用具が室内に現存していることも国指定重要文化財としてのポイント!建築やお庭好きは勿論ですが、それらが趣味で本業は製薬や医療…と言った方にもぜひ尋ねて欲しいスポット。

(2016年5月、2024年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR草津線 手原駅より徒歩25分
手原駅よりコミュニティバス「旧和中散本舗」バス停下車すぐ(平日のみ・本数僅少)

〒520-3017 滋賀県栗東市六地蔵402 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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