南禅寺 菊水庭園

Nanzenji Kikusui Restaurant Garden, Kyoto

南禅寺参道の人気旅館・レストランに残る、小川治兵衛…ではなく“鈍穴流”花文が明治時代に作庭した回遊式庭園。

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南禅寺参道 菊水庭園について

「南禅寺参道 菊水」(なんぜんじさんどう きくすい)は京都を代表する寺院『南禅寺』の参道にある高級旅館・レストラン。そのルーツは南禅寺界隈別荘群の一つ“旧寺村助右衛門邸”で、その庭園は七代目小川治兵衛(植治)によって作庭されたものとされます。
…というのが公式サイトをはじめ様々な媒体に書かれた情報ですが、近江商人発祥の街・五箇荘で江戸末期に創業した造園会社「花文」の歴史をまとめた書籍『秘伝・鈍穴流「花文」の庭』にて、《旧外村宇兵衛別荘の庭園として、花文の二代目・三代目が作庭したもの》という情報が史料とともに述べられています。詳しくは後述。

1955年(昭和30年)に料理旅館として創業した「菊水」。近年経営者が変わり、現在の建物内はリノベーションされ2018年6月にリニューアルオープンしたもの。玄関には宜本伸之さんによる現代アート作品があり、レストランフロアも和と洋が融合した空間になっています。

ランチが3,500円~、宿泊も30,000円~という値段設定であっても、普段であれば人気のレストラン。足を運ぶのはもう少し先の未来だと想像していたのですが――COVID-19の影響で観光客が減少する中、自分自身が市内でお金を落とさねば!的なことを『岡崎つる家』に行った前後から思い始めて。この菊水さんも緊急事態宣言が出る前に2度ランチで訪れました!料理もすごくおしゃれで良かったのですが、食のレビューはいつもと同じく割愛…。

足を運んだ時点では植治の庭園だと認識した状態で。隣接する『八千代』の庭園も七代目小川治兵衛によるものなので疑問の余地もなく――界隈の公開されている植治の庭園(白河院無鄰菴平安神宮並河家)ともまた違うタイプだけど、

・築山からの琵琶湖疏水を活かした流れ
・お庭の西側に立つと、やはり東山の風景をのぞめる
・流れの護岸や築山にベタっと埋められている奇石!
・人の目線を誘導する飛び石
・お庭に点在する数寄屋建築

などなど、これはめちゃくちゃ良い庭園だぞ…!と感動しまして。ちょうど庭の中央の桜が咲いて、モミジも芽を出し始めた時期だったので――つい2度ランチで訪れてしまったのですが。

そしてそして。その後日、『秘伝・鈍穴流「花文」の庭』を読んでいたのです。そしたら、この菊水に関して、

● 元は明治時代後期に近江商人・外村宇兵衛の南禅寺別荘が建てられた場所
● 作庭は“鈍穴流”花文の2代目・3代目によるもの
● 特に特徴的な凸の形をした巨石は確実に花文が三重県から仕入れたもの
● 外村家から呉服商・寺村助右衛門に渡ったのは昭和12年
● 寺村邸の時代にも花文が入っていた

ということが史料と古写真を元に書かれている。うおー衝撃的。
衝撃的なのは「世の中に出てる情報と違うから」よりは、「植治ではなかったけど、あの優秀なクリエイターが関わっていた!」という情報に対する興奮。一応花文の実績にはちょっと書かれている…。

近江五箇荘に残る『外村宇兵衛邸庭園』は昨年訪れました。鈍穴流を知ったきっかけ。近江五箇荘で見た鈍穴流の庭園は立地が平坦な場所が多く、五箇荘のお庭と比べると菊水の庭園は鞍馬の赤石が多く使われているから、見ていた時はまさか花文とは連想していなかった…。

なお外村家からこの庭園を譲り受けた呉服商・寺村助右衛門の屋号は“堺屋”。この論文によると近代には鉄道や銀行にも出資し、娘さんは高島屋の創業一族に嫁いでいるという、近代京都の名家の一つであることはたしか。

「植治か、鈍穴流か」

前述の本でかなり詳細に論証されているので史実としては「この庭園を作庭したのは植治でなく花文」なのだと思うけど、当サイトは研究目的のサイトではないので真偽をつけたいというよりは「どっちでもいいっちゃどっちでもいい」ぐらいの感じで――。

色んな情報を見ていると昭和に「料理旅館 菊水」になって以降は「庭園は七代目小川治兵衛」という情報出しで統一されていた様子。“もしかしたら”寺村家に所有が移って以降、出入庭師が植治になったのかもしれないし。
なお先の本によると「花文が作庭した折、植治から庭石を仕入れている」という記述があるので、全く繋がりがなかったわけではない、とは言えます。

ここからは深読みの話です。『植治の庭』と言えば、価値がつく。そういう時代があったのではないか――今もそうかもしれない、滋賀の庭師が造ったというより『京都の名庭師』の方が文字面は良い。
これは“日本庭園界隈”の課題の一つなのかなと思うのですが、『優秀なクリエイターの名前をもっと売ろう』というか。

今回の場合、自分にとっては『ハイスタじゃなかったけど、NUMBER GIRLだった』みたいな話で…後者の方が若干知名度が落ちる(と思う)けど、界隈の人にとっては「どっちもすげええ!」という話で…。
ただ日本庭園はあまりそうなっておらず、数名に知名度が偏っている(江戸時代の庭園で伝小堀遠州がやたら多いのもそう)。「この人は価値あるクリエイターだ」という認識を、多分誰かしらが育てなければいけなくって――。

自分も専門家じゃないので専門的な言葉でそれを言うつもりはなく、「新しい良いバンド見つけた~!」的なノリで伝えられたらと思うし――たとえば、この庭園は本人よりカバーした人の方が超売れっ子な“透明少女”か。名曲(名園)です。

(2020年3月・4月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

京都市営地下鉄東西線 蹴上駅より徒歩7分
最寄バス停は「南禅寺(疏水記念館・動物園東門前)」徒歩4分

〒606-8435 京都府京都市左京区南禅寺福地町31 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は1,900以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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