南昌荘庭園Nanshoso Garden, Morioka, Iwate

盛岡観光の穴場!鉱山王・瀬川安五郎や“金田一財閥”金田一勝定、原敬の愛した紅葉の美しい近代日本庭園。国登録名勝。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

南昌荘庭園について

「南昌荘」(なんしょうそう)は盛岡の市街地にある明治時代の近代和風建築と池泉回遊式庭園。庭園は国の登録記念物(名勝地関係)に、建物は盛岡市の保存建造物に選ばれています。「盛岡の保護庭園」の代表格。2019年4月に訪れた際の写真を追加。

盛岡観光の穴場スポット!『盛岡で観光しよう』と思った時に“日本庭園”という選択肢はなかなか入ってこないのでは、と思います。《盛岡 観光》で引っ掛かる大手観光案内サイトの紹介では30位以内ぐらいまでには一つも庭園が入ってきていない…。
だけど、盛岡って観光的には知られていないかもしれないけど“庭園都市”だ。有力大名だった南部氏の城下町だったわけだから、そうしたカルチャーがあっても勿論おかしくないのだけれど。

自分も「盛岡に公開されている庭園がある」と認識したのは4回目の訪問になった2015年。その時に“盛岡の保護庭園”という制度があることを知り『賜松園』を見たのだけど、この制度の代表的存在が国登録名勝となっている『南昌荘』。
この庭園は各地の近代日本庭園――主に七代目小川治兵衛)が手掛けているような『旧古河庭園』、『無鄰菴庭園』、『慶沢園』とかが好きな人は絶対好きだと思うので是非盛岡に行く機会があったら訪れてほしい。11月に訪れた時の紅葉もめちゃくちゃきれいだったの!

元は1885年(明治18年)、盛岡出身の実業家・瀬川安五郎の邸宅の庭園として作庭。この瀬川安五郎は盛岡藩の両替商の家に生まれた後、明治維新の頃に生糸商として、その後明治9年からは秋田の荒川鉱山の経営に乗り出すまでに成長し“みちのくの鉱山王”の異名も。この事業も全国5位の産出量をほこった最盛期に三菱合資会社に売却。

南昌荘はその後明治末期に盛岡市長・大矢馬太郎の所有となり、その当時は“平民宰相”原敬夫妻が1カ月滞在したり、伊藤博文が韓国皇太子・李垠殿下とともに訪れ園遊会を開いたりと中央の政治家も来訪するように。
そして大正時代に岩手銀行の前身・盛岡銀行の頭取をつとめるなどで“金田一財閥”を築いた金田一勝定が購入、増築されたのが現在も残る邸宅。

そんな歴史的な邸宅・庭園も昭和後期には大手マンション業者が買い取り失われる予定だったそう。事実この庭園と隣接する清水町には『大清水多賀庭園』という保護庭園があったのですが、2013年に高層マンションが建てられ指定も解除されました。
南昌荘に関してはこの文化遺産を守るべく盛岡市の生活協同組合が購入。現在はいわて生活協同組合。生協が所有してる文化財、今のところここしか知らないけど他にもあるのかな。公開は2000年よりスタート。

庭園を作庭したのは阿部仁太郎川目末松という地元の庭師。お二方とも全く情報がないけど、阿部仁太郎の息子・阿部長太郎が先に名前を挙げた『大清水多賀庭園』を作庭していたそうなので盛岡の有力作庭家一家だったのかも。
その後、新渡戸稲造とも親交があり、盛岡市に残る国天然記念物『石割桜』を守った庭師とも言われる藤村治太郎・藤村益治郎親子とそれを受け継ぐ造園会社・豊香園により管理され現代に至っているそう。

主屋から池泉に向かってゆるやかに下っていく感じとかが、小川治兵衛の『慶沢園』とか『楽々荘庭園』っぽいな~って思うんですよね。あと変わった石造物が多いのも近代っぽい。2度目の訪問は桜がちょうど終わりを迎えた大雨の日だったけど…紅葉の時期は勿論、モミジの葉が出きった新緑の時期にもきれいだろうなあ。

で、東京や近畿の近代庭園と一番違うのは「建物が高床式になっていること」。主屋の“南昌の間”から座視で眺めてもちょっと高い目線で見てる感覚、これも意図して設計されているそう。ここではカフェ・喫茶利用もできるのでぜひお茶で一服。

(2016年11月、2019年4月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR東北新幹線 盛岡駅より徒歩20分強
盛岡駅より路線バス「下の橋町」バス停下車 徒歩3分

〒020-0875 岩手県盛岡市清水町13-46 MAP