榊山稲荷神社庭園“緑風苑”Sakakiyama Inari Jinja Shrine Garden, Morioka, Iwate

南部家の菩提寺に規伯玄方こと方長老が作庭した心字池に、昭和の庭師・中舘福松が手を加えた池泉回遊式庭園。

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聖寿寺、榊山稲荷神社“緑風苑”について

「榊山稲荷神社」(さかきやまいなりじんじゃ)と「聖寿寺」(しょうじゅじ)のある盛岡市の北山一帯は盛岡藩主・南部家の歴代の菩提所がある場所で、市の高松風致地区にも指定。榊山稲荷神社に隣接する形で日本庭園“緑風苑”があります。

まずは聖寿寺について。鎌倉時代の1254年、南部家の二代目・南部実光が陸奥国の現・青森県三戸郡南部町に創建。なお陸奥国の南部家の居館跡は“聖寿寺館”という名で史跡となっています。
桃山時代の終わりから江戸時代はじめにかけて盛岡城を築き、藩の拠点を盛岡に移すとともに聖寿寺も盛岡に移転。代々の南部家の菩提所ということで当時は盛岡城下でも有数の大寺院だったそうですが、明治維新を経て南部藩は戊辰戦争で幕府方の奥羽越列藩同盟に加わってしまったことで戦後に衰退(なお境内にはその責任をとり切腹した盛岡藩家老・楢山佐渡の墓所も)。お寺も後ろ盾を失い、更には廃仏毀釈によって衰退することに。

明治後期、その広い境内にまずは盛岡城内に祀られていた桜山神社が移転。その後、1930年(昭和5年)に現在建つ「榊山稲荷神社」が建立されました。榊山神社も南部信直が盛岡城を築城した際に城内に祀ったもので、一時は廃社となったものをこの地に再建。また当時呼称されていた『もりおか開運神社』という名が公式ウェブサイトでは用いられています。
そして聖寿寺も1959年(昭和34年)に東京女子医大学長をつとめた医学者・久慈直太朗の寄進で近代建築風の本堂が再建。

そして池泉回遊式庭園“緑風苑”について。元は江戸時代初期の寛永年間に方長老が作庭した庭園がありました。南部藩内の名勝地としても有名だったそうですが、廃仏毀釈後は荒廃。
その心字池を活かして榊山神社の宮司・荒川清次郎が庭師・中舘福松とともに20年の歳月をかけて完成させたのが現在の庭園。“旧桜山”とも呼ばれ、自分が訪れた時は4月末は桜が多く見られたけれど、5月下旬にもなればその斜面の芝も青くなり、ツツジやサツキが花を咲かせてよりカラフルな光景が見られるんだろうな。

ちなみに作庭した方長老という方、“規伯玄方”という名の方が知られているみたい。臨済宗の禅僧であり、対馬藩では朝鮮との外交交渉を担当、盛岡藩では他にも南部鉄器の開発、乳牛の育成と牛乳の飲用にも助言をしていたとか。盛岡はお寺が多くあるので他にも方長老ゆかりの庭園があるかもなあ…。

(2019年4月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山田線 上盛岡駅より徒歩20分弱
JR東北新幹線 盛岡駅より約3km(※駅周辺にレンタサイクルあり)
盛岡駅より路線バス「坂の下」バス停下車 徒歩5分

〒020-0061 岩手県盛岡市北山2丁目12-12 MAP