8棟が国指定重要文化財という江戸時代の丹後を代表する豪商の邸宅に残る、京都府指定名勝の座観式庭園。
三上家庭園(旧三上家住宅)について
「旧三上家住宅」(きゅうみかみけじゅうたく)は宮津市の中心部にある国指定重要文化財の豪商の邸宅。その庭園が「三上家庭園」として京都府指定名勝となっています。
2019年8月に初めて訪れました。…とその前に、2019年の年始に『天橋立』に行った時にも一度通り掛かったんだけど、その時は年始休みで…その重厚な白壁の豪商の邸宅、見たいなー!という欲に従って夏にリベンジ。
宮津の街はかつては戦国時代には細川幽斎の、江戸時代初期には京極家が城主をつとめた城下町。北前船の寄港地としても栄えました。その中でも元結屋金兵衛によるこの三上家は有数の商家で酒造業・廻船業・糸問屋などを営んでいました。元は但馬国の守護大名だった山名氏に仕えていたとされ、宮津藩では藩の財政にも影響力を持っていたとか。
この邸宅は分家の住宅として当初1776年に建てられたものの、その直後に宮津の大火により焼失。現在残る最も古い建物は1783年(天明3年)に再建された主で、その後江戸時代後期にかけて建てられた表門、新座敷、庭座敷、什器蔵、道具蔵、釜場、酒造蔵と計8棟が国の重要文化財。大火の教訓から“防火”に対する配慮が全体的に見られるのが旧三上家住宅の特徴とされます。
庭園は1837年(天保8年)の庭座敷とともに造られたもので、作庭を手掛けたのは宮津藩御用庭師の江戸金の作庭と伝わります。座敷の中から鑑賞することを想定して、また座敷に沿って横長の池泉があることも“庭座敷と一体化して作庭されている”ような庭園。
池中の大きな平たい石や池の向こうの築山に巨石を配するなど、決して広くない中にも豪快さが表れてる。幕末には西園寺公望、有栖川宮熾仁親王が宿泊し、この庭園を鑑賞したそう。
この三上家と与謝野の『尾藤家』、久美浜の『稲葉家』が丹後の三大豪商と言われるとか言われないとか…元々その2つも訪れる行程だったのですが、三上家でもそのコースをオススメされました。
洛中の商家の庭園とはまた違う作風なのも面白いし、丹後地域のこうした歴史的庭園のこともっともっと知りたい。宮津の街中には他にも『清輝楼』、『茶六本館・別館』という国登録有形文化財の純和風旅館がある。どちらにも、庭園がありそう――次回はそうした場所にも泊まりたい!
(2019年8月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)