重森三玲、最晩年の遺作。“京都最古の神社”に作庭した傑作庭園“松風苑”(蓬莱の庭・曲水の庭・上古の庭)。
松尾大社庭園について
「松尾大社」(まつのおたいしゃ)は世界遺産『下鴨神社』『上賀茂神社』と同じく京都最古の神社といわれ、境内には重森三玲の最晩年の傑作庭園“松風苑”(蓬莱の庭・曲水の庭・上古の庭)があります。2020年春に3度目の訪問。初めて雨の日に訪れたので、その乱張りの石が輝いて見えた!
その歴史で年代が出てくるのは飛鳥時代終わりの701年。大陸からの渡来人・秦氏の一族出身の秦都理が松尾山の山頂近くにある磐座をまつった社殿を建立。なお伝説では保津峡を開拓し、現代へと続く嵐山・亀山の景観を作ったのはこの秦氏なんだそう。はたし~。平城京から長岡京、そして平安京への遷都も秦氏の財力含めた力も大きかったとされ、その氏神様である松尾大社は平安時代には特に歴代の天皇も度々参拝されたそう。
現在残っている本殿は室町時代の作で、その“松尾造り”と言われる建築様式も貴重で国指定重要文化財。その他拝殿、楼門、中門、そして釣殿・中門・回廊などの社殿が江戸時代の建築で京都府暫定登録文化財。国重文の神像を所蔵し、庭園内にある「神像館」で公開されているほか、お酒の神様としても信仰されている背景から「お酒の資料館」も。
そして重森三玲の作庭により1975年(昭和50年)に完成した日本庭園“松風苑”は氏の最晩年の遺作にして最高傑作の一つとも言われます。古代~平安時代~鎌倉時代と各時代の庭園様式や宗教観を、現代的に表現した三つの庭園。代名詞でもある“阿波の青石”の数は200以上、総工費は一億円!
■曲水の庭(1・2・6~10枚目)
奈良時代~平安時代の貴族・王朝の庭園で用いられた曲水庭園を現代風に表現した庭園。
…と言っても京都にそもそも曲水庭園が沢山残っているわけではないのでイメージがつきづらいかもと思ったので、現存している例を挙げると平泉の特別名勝『毛越寺庭園』。こうした表現を忠実に表現しようとすると『万葉の森公園 曲水庭園』のようになるのですが、それを重森三玲は極めて造形的に表現しているのがこの庭園。
■上古の庭(12~13枚目)
そしてその次に現れるのが上古の庭。松尾大社の古代の磐座信仰から、磐座を表現したのがこの庭園。ちなみに神像館と葵殿と間にあるのは重森三玲の息子・重森完途さんによるもの。
■蓬莱の庭(15~22枚目)
場所が少し変わって大鳥居近くにあるのが池泉回遊式庭園・蓬莱の庭。鎌倉時代以降の武家の時代に取り入れられていった蓬莱式の庭園――なんですが、これも上空写真を見ると絵画や現代のロゴマークのような直線的な鳥の造形になっていることがわかります。中世以降のゆるやかな池泉庭園とは違う。
また庭園の一角には孫・重森千靑さんによる枯山水庭園も。
間違いなく京都で行くべき庭園の一つ――なんですが、今回は前回訪れた時と比べて落葉が多いなぁと思った。曲水の庭も前回と比べて苔の付着が目立つ。“苔むした庭園”は味があって好きなのですが、このお庭は無機質な方が似合っている――って今は思うけど、もっともっと苔むしたらまた印象が変わるのかも。庭園は「何がベスト」という答えを出すのが難しい。
上古の庭にはあじさい園も隣接しているので、またサツキの花や紫陽花が咲く季節にも訪れたい!
(2014年7月、2016年10月、2020年5月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)