
イカや朝市が有名な“呼子”のレトロな港町に軒を連ねる江戸時代中期の町家建築。“鯨組主”のセンスの光る庭園も。佐賀県指定重要文化財。
鯨組主中尾家屋敷・庭園について
「鯨組主中尾家屋敷」(くじらくみぬしなかおけやしき)は佐賀県唐津市の「呼子」エリアで公開されている江戸時代のお屋敷。「旧中尾家住宅」として佐賀県の重要文化財や唐津市の景観重要建造物に指定。奥には庭園もあります。
近代日本を代表する建築家・辰野金吾の出身地で氏の残したレトロな洋風建築も点在する唐津は、江戸時代には代々譜代大名の入った唐津藩の城下町であり、その北西部には豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に築城した特別史跡『名護屋城』も残る、歴史が積み重なった町。
中心市街地(唐津城下)〜名護屋城の間に位置するのが「呼子のイカ」や“日本三大朝市”と称される「呼子朝市」が知られる呼子の港町。店先に並べられた新鮮な魚介類を眺めつつレトロな町並みの中を進んでいくと、ひときわ豪壮で間口の広い、白漆喰の壁も印象的な大型な町家建築「鯨組主中尾家屋敷」が現れます。
まず、あまり聞き慣れない「鯨組主」について。日本における“捕鯨”の歴史は古代まで遡りますが、江戸時代には現在の佐賀県・長崎県(唐津〜壱岐〜平戸)は捕鯨が盛んな地域だったそう。「鯨組」は主にその地域で組織された捕鯨事業の運営組織(捕獲から加工・処理までの工場としての役割も)で、中尾家は唐津藩において江戸時代から明治時代初期にかけて約170年間もの間「鯨組主」を務めた家柄(農業で言う大庄屋に近い?)。
この中尾家住宅の主屋は江戸時代中期の建築(と推定されています)。当時の捕鯨の様子を描いた絵図『小川島鯨鯢合戦』にも描かれている、いわゆる大型町家なのですが、1階部分の面座敷〜中の間〜座敷の欄間や書院の意匠がめちゃくちゃオシャレで、この町家では藩の要人も迎えられていた…ということが想像できます。
平成年代に入り、2004年に旧・呼子町の所有となり、解体修理などを経て一般公開が開始。かつてはこの主屋の北側に『観濤閣』という江戸時代中期建立のお座敷がもう一棟あったそうで、現在はそちらは解体され、新しい建物が再建されていますが(外観は主屋に合わせた白塗り)、その建物の前に庭園が広がります。
観濤閣が建立された江戸時代中期の作庭…かは不明ですが、空中写真を遡る限りは昭和時代中期には存在している庭園。これがまた気になるポイントが幾つかあるお庭で…。中心部には大きめな枯池を置き、それに沿って築山がもうけられた枯山水庭園。
海の側という立地から?ツルッとした感じの庭石が多用されているのも印象的なのですが、その築山の脇の石積、大きな石橋、その築山から見下ろした時に見える、庭のサイズからすると異様に感じる立石。そして石鳥居を加工した手水鉢…などなど、当時の施主や庭師のセンスが節々から感じられるお庭!前述の“異様に感じる”ような立石は、唐津中心部の『旧大島邸』にも似たのがあったなぁ。
敷地内の「勘定場跡(本倉)」では、中尾家に伝わる資料や江戸時代の捕鯨に関する各種展示が行われています。呼子で朝市や魚介を楽しんだ後はこの古民家もぜひ見学してみて。
(2025年3月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
投稿者プロフィール

- Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
最新の投稿
- 2026年4月6日佐賀県の庭園鯨組主中尾家屋敷
- 2026年4月4日京都府の庭園正法寺庭園
- 2026年4月3日西宮市・芦屋市の庭園甑岩文芸荘
- 2026年4月1日東京23区西部の庭園DIOR Bamboo Pavilion













































