小泉八雲旧居

Former Koizumi Yakumo Residence Garden, Matsue, Shimane

文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が著書に描いた“日本の庭園”。武家屋敷の所有者・根岸小石の作庭。国指定史跡。

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小泉八雲旧居(ヘルン旧居)について

「小泉八雲旧居」(こいずみやくもきゅうきょ)は小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが英語教師として松江にやってきた際に過ごした家屋。元々は江戸時代後期の建築と推定されている、松江藩士・根岸家の武家屋敷。建物の三方に日本庭園が眺められます。国指定史跡。

2020年秋、9年ぶりに訪れた松江市の庭園巡りで初鑑賞。この建物があるのは“塩見縄手”と呼ばれる長屋門や土塀が立ち並ぶ旧武家屋敷通り。松江藩初代藩主・堀尾吉晴によって松江城の築城とあわせて整備されもので、現在では松江市伝統美観保存地区および現・国交省の選定した“日本の道100選”にも選ばれています。隣接する『小泉八雲記念館』も武家屋敷時代の長屋門が。

イギリスから来日し、怪談『耳なし芳一』『雪女』などを残した明治の文豪のひとり・小泉八雲。その“八雲”の名もこの出雲の地にちなんで名付けたもの。(それでも松江では“ヘルン先生”と呼ばれていたため、この建物の別名は“ヘルン旧居”。)

八雲がこの邸宅で過ごした期間は約半年間と決しては長くはないのですが、《庭のある侍の屋敷に住みたい》という希望がかなったこの屋敷のことは著書『知られぬ日本の面影』の中で多く描写されているそう。

元の所有者・根岸家は『松江武家屋敷』と同じく格で言えば中級武士にあたりました。この屋敷構えができたのは江戸時代中期の享保年間。庭園は当時の根岸家の先代、根岸小石により1868年(明治元年)に作庭。

屋敷を囲む庭園のうち、西庭・南庭は敷砂の中に飛び石や石灯籠が配された枯山水庭園。でも“出雲流庭園”というよりは平たい中島が花壇のようになっていて…明治以降の、文豪好みの植栽・花々が楽しめるお庭という感じ。そして庭の片隅にあるシャチホコ。これは前述の『知られぬ日本の面影』の中でも描かれています。

そして屋敷の“北側の庭”はこじんまりとした池泉鑑賞式庭園。八雲が著書に書いた通り、現在も青い小石が敷かれ、池中には睡蓮が浮かび、マツやツツジが植栽されていて――八雲の描写に基づいて現在も庭園管理が行われているんだなあというのがわかるし、鑑賞順路も実はそれに沿ったもの(八雲の目線を体験するためのもの)になっている。

現代において、デヴィッド・ボウイ、フレディ・マーキュリー、スティーブ・ジョブズ、フィリップ・トルシエ…そして無数の訪日外国人へ感動を与えている“日本庭園”だけれど、近代で最初に“日本庭園”を体験し、記録に残したのって誰なんだろう?(当然黒船ご一行やグラバー、シーボルトも鑑賞してると思うんだけど)。そういう意味でも八雲の残した“日本の庭園”の描写は貴重。

そして!庭園以外の屋敷内の意匠もすごく良い。襖絵に欄間、妙な場所にある違い棚、そして半月の形の床の間…。そこに八雲が使っていたという洋風のデスク(のレプリカ)。広くなくていい、こんな家住みたい。
最後に、この邸宅が失われずに現代まで残り続けたのは所有者・根岸家の尽力の賜物であるということも付け加えておきたいと思います。

(2020年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山陰本線 松江駅より約2.5km(徒歩30分・駅周辺にレンタサイクルあり)
松江駅より路線バス「塩見縄手」バス停下車 徒歩5分

〒690-0888 島根県松江市北堀町315 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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