高知県立牧野植物園Kochi Pref. Makino Botanical Garden, Kochi

“日本の植物学の父”牧野富太郎博士ゆかりの草花/植物だけでなく、山に溶け込む内藤廣建築とランドスケープ。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

高知県立牧野植物園について

「高知県立牧野植物園」(こうちけんりつまきのしょくぶつえん)は高知県出身で“日本の植物学の父”と称される植物学者・牧野富太郎の功績を顕彰するため、1958年(昭和33年)に開園した県立植物園。
園内には建築家・内藤廣の設計による『牧野富太郎記念館』や、2008年に開園した“50周年記念庭園”もあります。

高知市を代表する寺院で、国指定名勝の庭園もある『竹林寺』のすぐ向かいにあるこの植物園…初めて竹林寺に来た時は気にはなったけどスルー…あの頃はまだ牧野富太郎博士のこともよく知らず。2021年1月に改めて初めて訪れました。
1月なので花で彩られているような写真ではあまり無いけれど…冬でも温室では植物が楽しめるし、個人的には内藤廣建築とそのランドスケープ、そして牧野富太郎に関する展示で充分(むちゃくちゃ)楽しかった…!

幕末に土佐国に生まれた牧野富太郎。出身地の高知県佐川町は江戸時代には土佐藩主・山内氏の筆頭家老である深尾氏が治めた城下町で、幕末の志士でもあり近代には政治家としても活躍した田中光顕伯爵の出身地でもあります。
一方で富太郎少年はその道は志さずに植物に没頭。その実績は省略しますが――土佐を出て東京に出て日本中を飛び回り、富太郎による命名植物は1500種類を数えるとか。

今も自分の場合は植物に対する興味よりは“庭園ありき”なんですけど…元々学歴もなく独学で植物の知識をつけていった牧野富太郎。学者の中での権力争いや政治的な争い、その中での評価・扱いの浮き沈みはありながらも、本人はそこに深入りせず貧乏生活の中でもとにかく研究に没頭。そうして完成した『牧野日本植物図鑑』は現在でも多くの植物研究者やファンにとってのバイブル的存在。「ああ、自分もこうでありたい!」と思わせてくれる人。
初代の東京都名誉都民でもあり、東京都練馬区の居宅跡『牧野記念庭園』は国の文化財(国登録記念物・名勝地)。こちらにも内藤廣の建築(展示棟)があります。

牧野博士生前から構想され、牧野博士の希望によって五台山の中腹・竹林寺の“南の坊”跡を譲り受け開園。現在では約8ヘクタールという広さをほこります。
竹林寺の向かいの南門から入ったエリアが南園(温室~50周年記念庭園~石灰岩植生園、そして竹林寺山門へと至る遍路道など。)、そして正門から入ったエリアが北園(牧野富太郎記念館 本館・展示館)。いずれにも、高知・土佐ゆかりの植物や牧野富太郎博士ゆかりの草花が植栽。そして四国山地の山々をのぞむ眺望も◎。

土木学会デザイン賞2006の最優秀賞、村野藤吾賞など様々な賞を受賞している『牧野富太郎記念館』の開館は1999年(平成11年)。建築は内藤廣の設計、造園計画については作庭家・荒木芳邦に師事した稲田純一(株式会社ウィン)が担当。造園施工は日比谷アメニス、石勝エクステリア

台風銀座な高知県という条件の中で試行錯誤して生み出された建築と四国山地をのぞむ雄大なランドスケープ。特に素晴らしいのが展示館の中庭。牧野富太郎博士ゆかりの草花を中心とした植栽と、風景に溶け込むアーティスト・田窪恭治による水盤“感覚細胞”。で、この水盤は雨水に対する受け鉢と、植物に対してのクーリングも兼ねているという設計意図…!

展示室内には牧野博士の書斎“繇條書屋”の再現コーナーが、そして本館には牧野博士の約6万冊という蔵書・遺品を所蔵。蔵書を見られるのは研究者のみに限られますが、高知県・四国における植物研究拠点にもなっています。
冒頭に「時期が時期なので、彩られている写真はないけど…」と書いたけど、1月は1月で「見ごろの植物」が数多く書かれたプリントをいただいた。花が沢山咲いている時だけが植物の楽しみではない。庭園もそうだもんね。また牧野博士の功績を感じに訪れたい場所。

(2021年1月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR土讃線 高知駅より約5.5km
JR高知駅よりMY遊バス「牧野植物園正門前」バス停下車すぐ
※MY遊バスのダイヤ以外の選択肢として、路線バス「南吸江」バス停から山を登る選択肢も。

〒781-8125 高知県高知市五台山4200-64200−6 MAP