漢陽寺庭園Kanyoji Temple Garden, Shunan, Yamaguchi

重森三玲の最高傑作、代表作の一つ。日本庭園の歴史をたどった複数の庭園はここでしか見られない作風も。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

漢陽寺庭園 曲水の庭・地蔵遊化の庭・蓬莱山池庭・九山八海の庭・曹源一滴の庭について

「鹿苑山 漢陽寺」(ろくおんざん かんようじ)は周防国・長門国守護、大内氏により室町時代に創建された寺院。昭和年代に重森三玲によって“曲水の庭”、“地蔵遊化の庭”、“蓬莱山池庭”、“九山八海の庭”、“曹源一滴の庭”、“瀟湘八景の庭”と複数の庭園が作庭され、氏の最高傑作の一つにも数えられます。また庭園の一角にある水路“潮音洞”は江戸時代前期に造成されたもので山口県指定文化財。

ずっと行きたかった場所、2019年11月に初めて訪れました!まずアクセスがお世辞にも良いとはいえず、JR徳山駅から路線バスで約1時間。2018年に一度行きかけた所で西日本豪雨が発生し、その路線バスが運休に…(現在は元に戻ってます)。
ということで念願の漢陽寺。今回は防府からストレートに移動すべくレンタルスクーターして訪れたけど、路線バスで1時間かけてでも訪れる価値がある場所だと思う(し、自家用車の方ならば中国自動車道の鹿野ICからすぐ)。

創建は1374年。大内氏の26代目・大内盛見による建立。大内盛見は山口市の国宝『瑠璃光寺』五重塔を建立させた武将でもあります。
訪れるまでは庭園以外の写真を見たことがなかったのですが、庭園を除いても臨済宗南禅寺派の別格地という寺格のとても立派なお寺だった。建立した大内氏との縁のみならず、江戸時代には毛利家の参勤交代の際の本陣にもなり、明治時代までは開山・用堂明機禅師の広めた“臨済宗用堂派”200ヶ寺の本山だったそう。

漢陽寺庭園が作庭されたのは1970年(昭和45年)〜1973年(昭和48年)にかけて。重森三玲さんが70代の前半から後半に差し掛かる晩年の作品で、“各時代の日本庭園の形式を追う”というコンセプトが似ている京都『松尾大社神苑』と並んで集大成の庭園。

■曹源一滴の庭(1〜5枚目)
山門の前にあるこの石組がまずすごい!これは後の“曲水の庭”など本堂・書院に作庭した庭園から後に造られたもの。ここで使われている最も大きな27トンの巨石は昭和48年の台風によって起きた山崩れによって一時は国道をふさいだ石で、それを庭に据えたというエピソードが。
その庭園様式は桃山時代に主に武将&茶人・上田宗箇の庭園でよく見られる「玉澗式」庭園。同じく玉澗式枯山水に分類される、和歌山の国指定名勝『粉河寺庭園』がモデルになっているそうです。

■曲水の庭(7〜9枚目)
本堂の前にある、漢陽寺のメインの庭園。その名の通り平安時代の庭園様式が取り入れられたものですが、同じコンセプトの松尾大社の曲水の庭とはまっっったく違うデザインなのが面白い!

そして重森三玲庭園の中で、(池泉回遊式庭園は『半べえ庭園』とか『正覚寺庭園』とかいくつかあるけれど、見る機会があった中では)こういう“白砂の枯山水風に見せかけて、水の流れがある”というデザインはここ唯一のもの。
この“水の流れ”はこのお寺に江戸時代から引かれている“潮音洞”から水を遣水に使っている。この地域・お寺の歴史も取り込まれている点も忘れちゃいけない。あと砂紋が大きいのが独特なんだよなー。山門や法堂が背景にうつりこむのも良い。

■祖師西来の庭(10枚目)
こちらは重森三玲さんの弟子でもあった作庭家・齋藤忠一さんにより作庭された庭園。

■地蔵遊化の庭(11〜14枚目)
これは先の庭園と違って白砂と配石のみの完全なる枯山水庭園。かといってどの石が中心という感じではなく、本堂側から・回廊側から…と場所の移動ごとの変化も楽しい。偶然にもこの時期は紅葉もきれいだった!

■蓬莱山池庭・潮音洞(15〜16枚目)
山に沿って更に2つの庭園があります。“地蔵遊化の庭”の向こうにも見える蓬莱式の石組による蓬莱山池庭は鎌倉時代の庭園様式が取り入れられ、潮音洞からの水が引かれた池泉鑑賞式庭園。

■九山八海の庭(17〜18枚目)
中央の石“須弥山”を中心とした池泉庭園、これも鎌倉時代の様式を意識されたもの。

■聴流殿(19〜20枚目)
そして重森三玲さんはこの漢陽寺で庭園だけでなくこの大書院のデザインも手掛けました。その向こうに通常非公開の『瀟湘八景の庭』(しょうしょうはっけいのにわ)があります。例年11月初旬頃に特別公開日が設けられています。

そもそもなぜ重森三玲がこの地にこれだけの庭園を手がけることになったのか。当時のご住職・杉村五由さんが元々京都で修行をしていた際に『東福寺本坊庭園』(八相の庭)の作庭現場に出会ったことがきっかけなんだそう。
そこから長い間、自らの寺院に重森三玲庭園を造ることを目標として描いていた(そして熱烈にオファーした)という経緯があるため、漢陽寺は(更に言うと鹿野の町が)とてもこの庭園のことを誇りに思われているというのがその姿からも、そして資料からも伝わってくる。

日本に住んでいてもなかなか行く機会がある町ではないかもしれないけどーー数十年、百年と維持され続ける頃には世界中から人が訪れる場所になるのかもなーーと感じる庭園。重森三玲庭園、京都だけで見て終わるのはもったいない。

(2019年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山陽本線 徳山駅・新南陽駅より防長バス「鹿野」バス停下車 徒歩10分強
⇒防長バスの時刻表はこのページの『徳山駅』および『鹿野』を。

〒745-0302 山口県周南市大字鹿野上2872 MAP