乗光寺庭園Jokoji Temple Garden, Matsue, Shimane

平家物語にも登場し、源平合戦でも活躍した平安時代の武将“悪七兵衛”平景清の築庭と伝わる、山陰最古の庭園?

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乗光寺庭園について

「揚瀧山 乗光寺」(じょうこうじ)は松江市の東部・旧東出雲町にある高野山真言宗の寺院。平安時代末期~鎌倉時代初期の武将・平景清(藤原景清)の作庭と伝わる枯山水庭園が残ります。
2020年秋に4年ぶりに訪れた島根県の庭園巡り。松江から『足立美術館』等のある安来市へ向かう途中に初めて立ち寄り拝観。

その歴史について。創建年代は不明ですが、乗光寺の南方に位置する星上山・京羅木山の連峰は平安時代末期には真言密教の行者の道場があったと伝えられ、その当時より存在した寺院の一つ。御本尊の阿弥陀如来坐像は行基の作と伝わりますが、山中にある「星上寺」も同じ時期に隆興をほこった寺院で行基作の十一面観音をご本尊としています。

戦国時代には出雲国・尼子氏に、江戸時代には松江藩主・堀尾家より保護・信仰。戦国時代(永禄年間)にこの地に侵攻した毛利氏が先勝祈願した十二所権現が金毘羅宮に合祀されています。

その庭園は、裏山の斜面を活かした小さいながら印象的な滝石組に目を奪われる枯山水庭園。あとは山間部という立地から、苔むした平庭も美しい。この庭園の作庭者とされる平景清は『平家物語』にも登場する武将で、平家方の大将・藤原忠清の息子として源平の戦い(治承・寿永の乱)でも平家方として活躍。その勇猛さから“悪七兵衛”というニックネームも。

そんな中央政権の人物でありつつも全国各地にその名を残していて、尼子氏と毛利氏の最終決戦の場になった安来市の『月山富田城』も平景清の築城と伝わり、この庭園もその時代にあわせて築庭。だとすると作庭年代は平安時代末期、1150-1160年。900年以上の歴史をほこり、米子の国指定名勝『深田氏庭園』の鎌倉時代を越えて“山陰で最も古い庭園”になるかもしれない。平庭の飛び石は江戸時代後半から確立されていく“出雲流庭園”のスタイルにも似てる。

しかしこんなに山が近いと獣害とかもありそうだなあ…と思ってお聞きすると、「最近は(対策とって)少なくなったけど、数年前までこの苔庭も荒れていた。山から降りてくるうり坊が湿地の苔庭を好んで、掘っちゃって…」と。庭園を維持するのは本当に大変。鑑賞させていただく時にはリスペクトを忘れてはいけない。

また境内にある高さ40mもの大イチョウは樹齢500年と言われ、“みんなで残したい松江の景観400選”にも選定。山門・土塀・本堂が赤瓦で統一されている姿も山陰らしくて美しい姿。自家用車で『足立美術館』等で訪れる際は、ぜひチェックしてほしい庭園です。

(2020年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山陰本線 揖屋駅より約4km(まちの駅にレンタサイクルあり?)
揖屋駅よりコミュニティバス「乗光寺前」バス停下車 徒歩2分(本数僅少。詳しくは⇒こちら

〒699-0103 島根県松江市東出雲町上意東1919 MAP