“日本三名鐘”の銅鐘をはじめ数多くの国宝を所蔵する、和気清麻呂や空海ゆかりの京都・三尾の代表的寺院。
高雄山 神護寺について
「高雄山 神護寺」(たかおさん じんごじ)は平安時代に平安京遷都・造営の最高責任者だった和気清麻呂により建立された寺院。『槇尾山 西明寺』と世界遺産『栂尾山 高山寺』とあわせ“三尾三山”と称され、その中でも最も大きな寺院。数多くの国宝・国指定重要文化財を所蔵します。2019年11月、初めて訪れました!
元は“高雄山寺”という名で創建されたこの寺院。824年(天長元年)に弘法大師空海によって和気清麻呂が河内国に建てた別の寺院(神願寺)をこの地に移され合併、現在まで高野山真言宗の別格本山という寺格をほこる。
歴史でいうと平安時代後期には鳥羽法皇の怒りにふれて荒廃したり、鎌倉時代に源頼朝の援助で文覚上人により再興したり、室町時代に応仁の乱の戦火で焼失、江戸時代に再興したのち明治時代には廃仏毀釈に遭う…など1,200年間、荒廃と興隆を繰り返し現代へと至ります。
現在残る建造物は江戸時代初期の1623年(元和9年)に京都所司代・板倉勝重(楼門・毘沙門堂・五大堂・鐘楼)と、昭和初期に近代の実業家・山口玄洞の寄進で整備されたもの(金堂・多宝塔)。このうち桃山時代に再建された空海の住房“大師堂”が国指定重要文化財となっています。
建造物で文化財となっているのはそこだけだけど、ご本尊の薬師如来や“日本三名鐘”の1つとされる銅鐘を筆頭に、17点の国宝、国指定重要文化財を2,833点も所蔵。
庭園、といった感じのエリアはあまりないけれど、境内最奥の地蔵院周辺に池泉式庭園や一面の苔庭があります。
またその先には清滝川の谷・錦雲渓の雄大な風景が眺められ、その溪谷に“かわらけ”を投げて厄除けとする“かわらけ投げ”の発祥の地として有名だそう。この風習初めて知った…せっかくなので体験!
(2019年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)