五十公野御茶屋庭園

Ijimino Ochaya Garden, Shibata, Niigata

新発田城主・溝口家の別邸/茶寮だった御茶屋と江戸幕府の茶道方・縣宗知が作庭した大名庭園。国指定名勝。

庭園フォトギャラリーGarden Photo Gallery

五十公野御茶屋庭園(奉先堂公園)について

【冬季は休館】
「五十公野御茶屋」(いじみのおちゃや)は江戸時代に新発田藩主・溝口家の別邸/茶寮だった御茶屋で、その庭園は新発田駅の程近くにある『清水園』と合わせ、『旧新発田藩下屋敷(清水谷御殿)庭園および五十公野御茶屋庭園』の名で国指定名勝となっています。また「奉先堂公園」として

2021年11月、清水園とともに5年半ぶりに訪れました!これまでの2度は4月で、狙ったわけじゃないけど御茶屋の周辺の五十公野公園の桜がきれいだった。秋や夕暮れ時は初めてだったけど紅葉も良かった!

その歴史について。初代藩主・溝口秀勝が新発田に入る際に仮住居を構えたのが五十公野御茶屋のはじまりで、本格的に溝口家の別荘が造営されたのは三代目藩主・溝口宣直の時。1655年(明暦元年)四代目・溝口重雄の時代に江戸幕府の遠州流の茶道方だった縣宗知(あがたそうち)を新発田に招き、『清水園』と共に庭園が作庭されました。

以来この地は江戸への参勤交代の際の藩主の休息所や茶会を行う茶寮として用いられ、溝口家のみならず重臣・家臣が場所を借りて茶会を行うこともあったそう。
現在残る茅葺屋根の御茶屋(新潟県指定有形文化財)は江戸時代後期、1814年(文化11年)の建築で、平成年代の1997年~1999年に復元修理。時を経て現在は1時間:630円で施設をお借り茶会をすることができるそうですよ。

その庭園は心字池を中心としたた池泉回遊式庭園で、御茶屋の座敷(夏座敷)からは東側に位置する御腰掛山が借景となっています。

大名庭園の割に目立つ石組が全くと言っていい程無いのがこの庭園の特徴。近現代に“公園”として開かれた際にそうなったのかな~?とこれまで感じてたんだけど決してそうではなく、当初から植物の観賞に重きが置かれた庭園だったそうで、池に浮かぶ中島のアカマツやゴヨウマツなど樹木は諸国の名所から取り寄せて集めたものなんだとか。

江戸から招かれた縣宗知が清水園では大名茶人に見合う大名庭園を、この庭園では“江戸の園芸カルチャー”のエッセンスを加えながら作庭に取り組んだのだろうか…?
新潟県内に数ある“近代の豪農の名庭園”と比べると迫力不足な所もあるけど、一方で“権力の象徴:庭石”を削ぎ落した随一の意匠とも言えるし、それはとして賑わう五十公野公園や新発田城、現在の新発田市の“健康田園文化都市”というキャッチコピーにも引継がれているスピリットなのだと思う。

なお園内には明治時代の和洋折衷な近代建築『旧県知事公舎記念館』も移築され現存(国内最古の知事公舎なのだとか)。
また御腰掛山には歴代新発田藩主の祠堂(奉先堂)をルーツとする『豊田』があり、山の麓にある豊田神社社務所もすごく雰囲気がある和風建築なんだよなあ、かつてのお屋敷の一部だったりするんだろうか。また新発田を訪れた時には立ち寄りたい公園・庭園!

(2011年4月、2016年4月、2021年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR白新線・羽越線 新発田駅より約3.5km(新発田駅にレンタサイクルあり)
新発田駅より路線バス「五十公野」バス停下車徒歩3分

〒957-0021 新潟県新発田市五十公野4926 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は1,900以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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