御香宮神社庭園“小堀遠州ゆかりの石庭”

Gokonomiya Jinja Shrine Garden, Kyoto

豊臣秀吉や徳川御三家ゆかりの伏見を代表する神社に“足立美術館”中根金作が作庭した枯山水庭園“小堀遠州ゆかりの石庭”。

庭園フォトギャラリーGarden Photo Gallery

御香宮神社庭園“遠州ゆかりの石庭”について

「御香宮神社」(ごこうのみやじんじゃ)は京都・伏見区の中心“伏見大手筋商店街”沿いにある、伏見を代表する神社の一つ。本殿と伏見城から移築された表門(大手門)が国指定重要文化財。『足立美術館』庭園で知られる作庭家・中根金作により作庭された枯山水庭園“小堀遠州ゆかりの石庭”があります。

数年前に訪れた時、ちょうど庭園が拝観できない日で…。2021年秋に数年ぶりに参拝、そして庭園は初めて拝観。

平安時代の862年(貞観4年)、参拝に訪れた時の清和天皇から“香りの良い水が湧き出している”と現在の名を賜った歴史のある御香宮神社。
酒造りが盛んで造り酒屋・蔵元の多い伏見には“伏見の七名水”なるものがあり、御香宮神社の“伏見の御香水”もその一つで、後に神社を支えた“徳川御三家”徳川頼宣徳川頼房徳川義直は御香水を産湯としたとか。環境省名水百選。

桃山時代、豊臣秀吉が『伏見城』を築城するとその鬼門除けの守り神として神社を城内に移転。秀吉が亡き後は徳川家康の命で元の場所でもある現在地に戻され、普請奉行・板倉勝重により1605年(慶長10年)に現在残る極彩色の本殿が建立されました。
1622年(元和8年)には水戸徳川家・徳川頼房が伏見城大手門を寄進し移築、1625年(寛永2年)には紀州徳川家・徳川頼宣により拝殿(京都府指定文化財)が寄進されるなど江戸時代を通じ徳川家により支えられました。

その本殿わきの社務所の書院に枯山水庭園“遠州ゆかりの石庭”があります。
これは元からこの場にあったもの…ではなく。1623年(元和9年)、小堀遠州が伏見奉行に着任すると、この神社の隣接地に伏見奉行所を新築。その際に作庭された庭園は、後に江戸幕府三代目将軍・徳川家光が訪れた時にも感心される出来栄えで、遠州は5000石が加増され大名クラスへと出世。

時が流れ、明治維新後は陸軍や米軍のキャンプ地となり大部分は取り壊され、戦後の団地が開発されることが決まった際に庭石や石造物を移築、1961年に再現…というよりほぼ新たに中根金作により作庭されたのが現在の庭園。
白砂で描いた大海の中に亀島が浮かび、中心奥には枯滝の三尊石組が見られます。中根金作庭園の中では、比較的コンパクトな庭園なのですが、書院の建物も良いのでまったり眺めていたくなる庭園。

で、書院のお座敷から眺めて手前に見える大きな手水鉢。これは室町時代の1477年の銘が残る石造品で、その他にも後水尾上皇ゆかりの石碑も。

その他、本殿前にある(『桂離宮』にもあるけど、京都市の中では珍しい)ソテツも京都市の登録天然記念物となっています。春には桜もきれいな御香宮神社、伏見を訪れる際には立ち寄ってみて!

(2021年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

近鉄京都線 桃山御陵前駅より徒歩2分
京阪本線 伏見桃山駅より徒歩4分
JR奈良線 桃山駅より徒歩5分

〒612-8039 京都府京都市伏見区御香宮門前町174 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は1,900以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
PICK UP / COLUMN
最新の庭園情報は約10万人がフォローする
【おにわさん】のSNSから。