福寿会館庭園Fukuju-Kaikan Garden, Fukuyama, Hiroshima

日本100名城“福山城”天守をのぞむ庭園と、国登録有形文化財の近代建築。京都の数寄屋師・笛吹嘉一郎の茶室も。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

福山市福寿会館庭園について

「福寿会館」(ふくじゅかいかん)は国指定史跡で日本100名城『福山城』天守閣をのぞむ、福山城公園の一角に残る近代建築。昭和初期~戦前に建てられた洋館・本館・南茶室・西茶室・西蔵・東蔵が国登録有形文化財で、このうち茶室を手掛けたのが、各地で文化財の茶室を残している京都の数寄屋建築の匠・笛吹嘉一郎。そして日本庭園があります。

2021年春に3年ぶりに訪れました!現在は福山市の所有で、その建物は市民を対象とした貸室として利用されていますが、今回は利用者が居なかったので建物内も見学することができた。

江戸時代の初めに築城され、歴代福山藩主・水野家や阿部家の居城として用いられた福山城。明治維新・廃藩置県後に廃城となり民間に払い下げられますが、後に本丸のみ当時の福山町の所有に戻り市民公園として開園。
太平洋戦争中、福山大空襲により国宝だった天守・御湯殿は焼失。戦後の復興の過程で元の二の丸まで公園が拡張され、『ふくやま美術館』などが開館し現代へと至ります。福寿会館からも見える天守閣は1966年(昭和41年)に再建されたもの。

福山城天守の北東部に位置する福寿会館は旧二の丸の一角、福山藩の御用米を納める石蔵があった場所に位置し、民間に払い下げられた後の1935年(昭和10年)~1937年(昭和12年)頃に海産物商で財を成した安部和助の別荘として完成。
先述通り福山城そのものは空襲の被害を受けましたが、福寿会館は幸運にも焼失を免れ、近代の別荘建築の姿を残します。

福山城を背後にのぞむ洋館に目がいくけど、本館は唐破風屋根の玄関を持つ和風建築。洋館とは渡り廊下で繋がっていますが、大広間の(数寄屋風書院造りの)意匠にも目がいくけど、庭園への眺望がかなり意識された開放的なガラス戸が良い。

庭園もビューポイントがたくさんある。まずは大広間からの正面の眺望。借景には福山城天守をのぞむように設計されています(※2021年は天守は修復中で姿が隠されていた)。
庭園への導入も洋館の脇、福山城天守閣前と、2つの庭門があり、園路も広さの割に複雑に入り組んでいて色んな視点が楽しめる回遊式庭園。洋館~建物前の飛び石を辿っていくルート、洋館~大きな築山上の四阿を経て南茶室“望城亭”の露地へと至るルート、そして露地と池の間の“山道”をイメージしたような曲がりくねる道をゆくルート。

この池泉回遊式庭園は京都の作庭家・西村氏の指導により、建築よりも長い10年の歳月を費やし完成したもの。京都の西村さんという作庭家、過去に登場したことないので下の名前が気になる…(名石工・西村金造さんとは違うのだろうし。西村造園さんという会社さんがあるにはあるけど…)。

初めて訪れた時と比べて、近代数寄屋建築や洋館・茶室・露地への興味も広がって、こんなに素晴らしい場所だったっけ!と長い時間滞在してしまった。また福山城天守の修復が終わった頃訪れたい!

(2017年12月、2021年4月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山陽新幹線・福塩線 福山駅より徒歩5分

〒720-0061 広島県福山市丸之内1丁目8-9 MAP