金平成園(澤成園)

Kanehiranarien Garden, Kuroishi, Aomori

東北ではぐくまれた日本庭園流派“大石武学流”。その三代、高橋亭山/小幡亭樹/池田亭月に渡り作庭された大石武学流の代表的な庭園の一つ。国指定名勝。

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金平成園(澤成園)について

【期間限定公開(冬季休園期間あり)】
「金平成園」(かねひらなりえん)は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている古い町並み、青森県黒石市の「中町こみせ通り」の外れに位置する国指定文化財(国指定名勝)の庭園。「澤成園」(さわなりえん)とも呼ばれます。
2023年夏に7年ぶりに訪れたのでその際の写真を追加して紹介。

弘前藩の支藩・津軽黒石藩の中心地として江戸時代から形成され、今なおその面影を残す古い町並み「中町こみせ通り」。特に特徴的なのは雨風や冬の吹を避けるための木造のアーケードが連なる姿!昭和時代に「日本の道100選」に選ばれ、2005年に国の重伝建地区となりました。そんな歴史ある黒石には『金平成園(澤成園)』、『鳴海氏庭園』と2つの国の文化財庭園があります。

まず「大石武学流」について。江戸時代後期〜明治・大正時代にかけて津軽/弘前地方で流行した庭園の作庭流派で、その祖として名前が上がるのは京都から弘前藩に招かれた茶人・野本道玄とも言われます。この野本道玄は弘前市内のほかにも平川市に《最初期の庭園》と言われる『清藤氏書院庭園』を残しているほか、黒石市にも『妙経寺庭園』を作庭。

そんな「大石武学流」を受け継いだ三代目・高橋亭山、四代目・小幡亭樹、そして五代目・池田亭月が3代に渡り、1882年(明治15年)〜1902年(明治35年)の約20年の歳月を掛けて作庭されたのがこの「金平成園」。

施主/オーナーは黒石出身の実業家/政治家・加藤宇兵衛。地域の農民の失業対策として作庭がはじまり、「金平成園」の名は《万民に金が行きわたり、平和な世の中になるように》という宇兵衛の想いが込められています。(ちなみに「澤成園」の別名は加藤家が営んでいた屋号が由来)

文化財として指定を受けているのは庭園ですが、庭園のビューポイントになる「旧加藤家住宅」の主屋・離れも明治時代(1902年)の建築で、まさに近代の贅や粋を尽くされた。関東〜関西圏の近代和風建築と違って、屋根部分が大きく、しっかりしているのが雪国の青森らしさで独特…!

庭園はそんな主屋や横並びの離れの座敷から、座って眺める「座観式」の庭園&回遊式庭園で、文化財指定されている大石武学流庭園の中では最大に近い規模をほこる庭園。
全体的に平坦で、その中に高く打たれた飛び石、その先に大石武学流庭園には必ず見られる平べったい大きな石“礼拝石”(らいはいせき)。そして広い池泉へと至り、緩やかな築山に合わせて庭園のアイキャッチの一つ:枯滝石組が見られます。

一方で、向かって池の右手側に見える三角の巨石が、津軽富士こと岩木山を表現していると言われる「遠山石」。これもまた大石武学流庭園の特徴。

2006年に国指定文化財となり、2015年より日時や期間限定で公開されています(11月中旬以降は冬季休園)。東北の庭園を巡る際には弘前のみならず弘南鉄道に乗って黒石にも訪れてみて。

(2016年11月、2023年9月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

弘南鉄道弘南線 黒石駅より徒歩9分

〒036-0306 青森県黒石市内町4 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は1,900以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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